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悪魔の軍師は故郷に帰りたい ~男装して美貌の追放王子を玉座に導いたら、退路を断たれ極上の檻に閉じ込められました~  作者: *しおり*
王都奪還編

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第三部5

王都を出立し、西の港湾都市アデンへと続く街道。

 急行軍で馬を飛ばすファリード本軍の頭上は、まだ昼間だというのに、西から流れてくる不気味な黒煙によって薄暗く濁っていた。


「……軍師殿。いや、その……」


並走する馬上で、巨漢のタリクがもじもじと身をよじらせながら、マーシャへと自身の革水筒を差し出した。


「お身体は平気ですかな。よろしければ、水を」

「気遣い感謝する、タリク。だが、もう私の正体はバレたんだ。無理に軍師殿と畏まらなくてもいいんだぞ」


マーシャが苦笑しながら水筒を受け取ると、隣を走っていたザイドがニヤニヤと茶々を入れた。

「そうそう! 姉御って呼ぼうぜデカブツ! いやァ、しかしあのむさ苦しい少年がこんな上玉だったなんて、俺ァまだ夢を見てるみたいだぜ。なぁ旦那!」

「ふざけるなザイド! 軍師殿は軍師殿だ!」

 カディルが真面目くさった顔で一喝する。

「いかに美貌を持たれようと、我らを地獄から導いてくださった大恩人! その御恩は、たとえ姿が変わろうとも――」


「あー、わかったわかった! カディルの熱い演説は後にしてくれ。敵が見えてきたぞ!」


マーシャが指差した先。丘を越えた彼方に広がっていた光景に、将軍たちの顔から一瞬にして笑みが消え失せた。

 美しい白亜の城壁と石畳を誇った西の玄関口・アデンは、新大陸帝国の無慈悲な艦砲射撃によって、見る影もない黒焦げの瓦礫の山と化していたのだ。

 焦げた石と火薬の鼻を突く悪臭。そして、むせ返るような血と海の匂いが混ざり合い、市街地をねっとりと覆っている。


「……行くぞ。私たちの新しい定石を、新大陸のドン亀どもに叩き込んでやる」

「応ッ!!」


マーシャの考案した「濡らした竹束」を先頭に、ファリード軍は市街地へと突入した。

 だが、戦況は平原での泥試合とは全く異なっていた。崩れた建物の二階の窓や、半壊した屋根の死角から、新大陸の兵士たちによる雨あられのような銃弾が立体的に降り注いでくる。竹束で前方は防げても、頭上からの射撃には対応しきれない。


さらに絶望的なのは、沖合に停泊している数十隻の『黒船』からの絶え間ない艦砲射撃だった。

 ドゴォォォンッ! という雷鳴のような轟音と共に、空から巨大な鉄球が放物線を描いて落下し、石造りの建物を豆腐のように粉砕しては、味方の兵士を容赦なく挽肉に変えていく。平原のような塹壕は掘れず、隠れる場所のない市街戦。


「陣形を広げろ! 固まるな!!」


最前線の瓦礫の上で、マーシャは血塗れの双短剣を握りしめながら怒号を飛ばした。

 その時だった。

 ヒュルルルル……という空気を切り裂く不気味な風切り音が、マーシャの頭上へと真っ直ぐに迫ってきた。


(……しまっ)


顔を上げたマーシャの瞳に、沖合の黒船から放たれた一発の巨大な砲弾が、致命的な直撃コースで落下してくるのが映った。


「――軍師殿ッ!!」


死を覚悟したその瞬間。マーシャの視界を完全に覆い隠すように、巨大な鋼の壁が立ち塞がった。

 大帝国最強の盾、タリクだ。

 彼は自身の背丈ほどもある分厚い大盾を石畳に深く突き立て、足の筋肉がちぎれんばかりに踏ん張り、空から降ってくる死の鉄球を真正面から受け止めようとした。


ズガァァァァァンッ!!!


鼓膜を破るような凄惨な金属音と、弾け飛ぶ石の破片。

 平原の土塁とは違い、人間の肉体だけで直撃の威力を殺しきれるはずがなかった。分厚い鋼の大盾が飴細工のようにひしゃげ、タリクの巨体が、盾もろとも数十メートル後方の瓦礫の山へと激しく吹き飛ばされた。


「タリクッ!!」


もうもうと立ち込める土煙が晴れるより早く、最初に動いたのはカディルだった。

 彼は帝国騎士の誇りである長剣を泥の中に投げ捨て、転がるように瓦礫の山へと駆け寄り、膝から崩れ落ちた。


「タリク! おい、目を開けろタリク!!」


瓦礫の中に仰向けに倒れていたタリクの姿を見て、彼女の呼吸がヒュッと止まる。

 彼が盾となって庇わなければ、間違いなくマーシャ自身が肉塊になっていたはずの一撃だ。


カディルの悲痛な絶叫が響く。

 瓦礫の中に仰向けに倒れていたタリクの右腕は、肩の根元から無惨に失われ、ひしゃげた装甲の隙間、深く抉られた腹部からは、手の施しようがないほどの大量の血がとめどなく溢れ出していた。


「嘘だろ……おい、嘘だろデカブツ!! ふざけんな、死んでんじゃねえぞ!!」


ザイドが血相を変えて飛び込み、なりふり構わずタリクの血まみれの胸ぐらを掴んで揺さぶった。世の裏を生き抜き、常に斜に構えていた男の顔は、溢れ出る涙と鼻水で醜くぐしゃぐしゃに歪んでいた。

 寄せ集めの野盗や流民だった彼らを、この五年間、どんな絶望的な戦場でも一番前で大盾を構え、その身を挺して守り抜いてきた『優しき大盾』。その喪失は、彼らにとって己の半身を引き裂かれるに等しい痛みだった。


「泣く、な……。馬鹿者、ども……っ」


ゴボッ、とおびただしい血の泡を吐きながら、タリクが残された左手でカディルとザイドの腕を不器用にポンと叩いた。


「背中を……任せ、たぞ……。俺たちの……王と、軍師殿を……」


そして、タリクは微かに視線を動かし、二人の後ろで立ち尽くすマーシャを真っ直ぐに見つめた。

 その厳つい顔に、これまで見せたこともないような穏やかで、ひどく優しい笑みが浮かぶ。


「……ご無事で……軍師、殿」

「……」

「立派な……美しい姿に、なられましたな。……帰ってきてくれて、本当、に……よかった」


タリクの大きな左手が、パタリと力を失って泥と瓦礫の中に落ちた。

 大帝国の最も優しき盾の命の火が、完全に消え去った瞬間であった。


「あああああァァァァッ!! タリクゥゥゥッ!!」

 カディルが顔を天に仰ぎ、喉を掻き切らんばかりの慟哭を上げる。

 ザイドは瓦礫に額を擦り付け、子どものように声を上げて泣きじゃくった。


マーシャは。

 泥だらけの自身の指先が、微かに、だが制御不能なほど小刻みに震え始めているのを感じていた。

 タリクへとかけようとした言葉は、重く冷たい鉛となって喉の奥にへばりつき、声にならない呼吸だけがヒュウ、ヒュウと漏れ出る。

 

 二年間、世界を放浪してようやく帰ってきたというのに。再会を祝う昨夜の宴では、自身の性別バレのパニックや、ファリードに強引に天幕に連れ去られたせいで、この不器用で誰よりも優しい巨漢と、ゆっくり言葉を交わす時間さえなかったのだ。


(……なんで。帰ってきたばかりなのに。あんたに、まだ何も話せていないのに)


あの焚き火の温かさが、どうしようもなく遠い。

 強烈な心残りと、胸を丸ごと抉り取られるような喪失の痛みが、マーシャの全身を貫いた。

 タリクの大きな左手が、パタリと力を失って泥と瓦礫の中に落ちる。大帝国の最も優しき盾の命の火が、完全に消え去った瞬間であった。



かつての彼女なら、ここで吹き溜まりの採石場のトラウマをフラッシュバックさせ、過呼吸になって泣き崩れていただろう。

 だが。マーシャは双短剣の柄がミシミシと軋むほど強く握り込み、震える指先を己の意志で強引に押さえつけた。

 唇を噛み破り、血の味が口内に広がる。


自分はもう、暗闇に怯えるだけの『ましろ』ではない。自らの意志でこの修羅の道を歩むと決めた、覇王の半身たる「悪魔の軍師」だ。


「……カディル! ザイド!!」


戦場の喧騒と、二人の慟哭を切り裂いて響き渡る、凛とした、だが氷の刃のように鋭い号令。

 それは、友の死に顔を前に立ち尽くす将軍たちを、強制的に修羅の現実へと引き戻す、軍師の容赦のない鞭だった。


「立ち止まるな! 泣いている暇があるなら剣を拾え!!」


マーシャは決して涙を零すことなく、周囲の瓦礫の配置と、沖合の黒船の砲撃のタイミングを冷徹な視線で弾き出す。


「あいつが命を懸けて守った時間を、盤面から捨てるな! 敵の砲弾の装填には必ず隙がある! 密集するな、散開しろ! この市街地の瓦礫すらも、隠れ蓑として使え!!」


その言葉の裏に隠された、軍師の血を吐くような悲痛な叫び。

 微塵もブレないその後ろ姿と、彼女が背負い込んだ血の重さに、カディルは歯を食いしばって己の頬を張り飛ばし、ザイドは血の涙を乱暴に拭って毒刃を構え直した。


そして。

 その光景を後方から見ていたファリードが、白銀の鞘から長剣を静かに抜き放ち、大地を震わせるような凄まじい怒気を孕んで前線へと歩み出た。


悲しみを強引に喉の奥へ封じ込め、誰よりも早く冷徹な盤面を引き直した己の愛しい軍師。彼女が背負ったその痛みを、現実に昇華させて敵の喉元を喰いちぎるのが、覇王たる己の役目だ。


「――全軍、我が軍師の後に続け」


ファリードの金色の瞳が、沖合の黒船と、市街地に陣取る新大陸の兵士たちを絶対的な死王の目で見据えた。


「新大陸の蛮族どもを……一人残らず、この街の瓦礫の底に沈めてやる!!」



* * *



西の平原に展開した新大陸帝国の軍勢は、自らの持つ『火器』という絶対的な暴力に酔いしれていた。

 だが、彼らは理解していなかった。大帝国シャジャルを率いる悪魔の軍師が、戦場という空間を支配する「物理法則と論理」を誰よりも冷徹に計算し尽くす、盤面の支配者であるということを。


「新しい定石ルールを教えてやる。……第一段階、開始スタートだ!!」


マーシャの鋭い号令が、反撃の狼煙となった。



「ヒッヒッヒ! 吸い込めばむせる極上の煙だァ!」


医療・毒物部隊長のイブンが、風上に配置した兵士たちに指示を飛ばす。着火されたのは、大量に集められた湿った木材と発煙性の高い特殊な薬草だ。

 瞬く間に、もうもうたる白濁の煙が平原を覆い尽くし、分厚い煙幕となって新大陸帝国の陣地へと流れ込んだ。


『な、なんだこの煙は!? 前が見えん!』

『敵はどこだ! 構わず撃て!!』


マーシャは冷笑した。銃や大砲という近代兵器の最大の弱点は、目視できなければ狙いが定まらないという根本的な欠陥にある。視界を完全に奪われた敵兵たちはパニックに陥り、見えない煙の中へ向けてデタラメに銃弾と大砲を撃ち放った。


しかし、その水平に放たれた砲丸は、帝国兵たちを掠りもしなかった。


「潜れッ! 泥と一体化しろ!!」

 カディルの声の下、前衛部隊は誇り高き鉄の盾を捨て、スコップや剣の柄で地面を深く掘り下げていた。平原に無数に掘られた溝――**『塹壕ざんごう』**である。

 兵士たちが泥の中に身を潜めることで、大砲の水平射撃は完全に無効化され、頭上を虚しく通り過ぎるか、掘り出した土塁にぶつかって威力を殺されるだけだった。



敵の無駄撃ちが続く中、マーシャは自軍の兵士たちに次なる「盾」を押し出させた。


「陣を上げろ! 『竹束』を転がせ!!」


それは、陣営の生木や竹を集め、水路でたっぷりと濡らした毛布と共にロープでガチガチに縛り上げた、巨大な円柱状の束だった。

 煙の中から現れた巨大な障害物に向け、新大陸の兵士たちが一斉にマスケット銃を放つ。


パパパパンッ!!

 鉛の弾丸が、竹束に次々と着弾する。硬い鉄の装甲ならば、弾丸は容易く貫通していただろう。だが、マーシャの狙いは貫通ではなく「吸収」だった。

 柔らかく分厚い植物の繊維と、たっぷりと含ませた水気が、鉛の弾の回転と運動エネルギーを絡め取り、完全に威力を殺して途中で止めてしまうのだ。


「す、すげえ! 弾が抜けてこねえぞ!!」

 驚愕する兵士たちに隠れ蓑を提供しながら、濡れた竹束は「動く防壁」として、敵の銃弾を無力化しつつジリジリと敵陣へと肉薄していく。



敵の陣形まであとわずか。

しかし、敵陣の奥にはまだ手付かずの巨大な大砲がいくつも口を開けていた。


その大砲の陣列の奥。

装甲馬車の上に立つ新大陸帝国の若き敵将は、泥の中を進む『竹束』と『塹壕』の陣形を見て、その彫りの浅い、どこか日本人に似た顔立ちに驚愕の色を浮かべていた。


「……馬鹿な。この未開の大陸に、なぜ『タケタバ』と『ザンゴウ』の戦術を知る者がいる!?」


彼は、かつて星の海を渡った『異界の悪魔』の血と知識を色濃く受け継ぐ、末裔のエリートであった。彼は即座に、相手の軍師が自分たちと同じ『地球の歴史と現代戦術』を持つ者だと見抜いた。


「……大砲の弾種を変えろ! 榴散弾りゅうさんだんを装填し、竹束の頭上で炸裂させろ! 線ではなく、面制圧で吹き飛ばすんだ!!」


敵将の高度な砲兵戦術への切り替えにより、空中で爆発した砲弾が、無数の鉄片となってファリード軍の前衛の頭上に降り注ぐ。


「ぐあっ!?」

「上から降ってきたぞ! 竹束が防ぎきれん!」


マーシャの表情が凍りついた。ただの定石を知らない蛮族ではない。相手もまた、自分と同じ『現代知識』を駆使してきているのだ。


さらに、敵将は手回しの巨大な拡声器を構え、戦場に響き渡る大音量で、大陸の誰も聞いたことがない未知の言語――日本語の響きで呼びかけてきた。


『聞こえるか、敵の軍師よ! その戦術、君は我々と同じルーツを持つ者だな!』


「っ……!?」


その懐かしい言語の響きに、マーシャの心臓が激しく跳ねた。


『我々は、星の門を諦め西へ渡った者たちの末裔だ! 故郷の知識を持つ者同士、こんな野蛮な帝国のために殺し合う必要はない! 我々の元へ来い、共にこの新世界を統治しよう!』


「同郷の、末裔……」


マーシャの双短剣を握る手が、微かに震えた。 日本へ帰る手段である「星の門」はもう砕け散った。だが、目の前にいる彼らは、失われた故郷の文化と知識を受け継ぐ、唯一の過去の幻影なのだ。彼らと血で血を洗う殺し合いをしなければならないというアイデンティティの葛藤が、一瞬だけマーシャの冷徹な思考にブレーキをかけた。


――その時。


「……何を血迷っている」


マーシャの震える肩を、分厚い鋼の籠手が強引に、そしてひどく力強く抱き寄せた。 白銀の甲冑を纏ったファリードだ。

彼は、敵将が何を言っているのか聞き取れない言葉こそあるだろうに。

マーシャの微かな動揺と、敵将の視線から、その意図のすべてを悟っていた。


ファリードはマーシャを自身の胸に抱き寄せたまま、長剣の切っ先を敵将へと真っ直ぐに突きつけ、戦場を震わせるほどの怒号を轟かせた。


「海を越えてきた亡霊どもが、私の軍師を惑わすな!! 彼女の帰る場所は、この私の隣だけだ!!」

「ファリード……」


「お前はあの地下で、私の隣以外で生きる場所はないと誓ったはずだ。……違うか、ましろ」


その強烈で、狂おしいほどの独占欲に満ちた覇王の熱。

その温もりに触れ、マーシャの瞳から迷いの霧が完全に晴れ渡った。


自分が愛したのは、遠い故郷の幻影ではない。血と泥に塗れ、不器用な愛で自身を繋ぎ止めてくれた、この美しき覇王と、仲間たちだ。


「……ああ。違うわけないだろう、過保護な王様」


マーシャは獰猛な笑みを浮かべ、日本語の響きではなく、この大帝国のそれで高らかに吠え返した。


「悪いが、私の雇い主は嫉妬深くてね! 過去の幻影なんかに、私の盤面は売ってやれないんだよ!!」


敵将が屈辱に顔を歪める。


「愚かな……! 撃て! 奴らを地形ごと吹き飛ばせ!!」


敵将が焦燥に駆られ、重砲隊に一斉前進と砲撃を命じた。 だが、それこそが、迷いを断ち切った悪魔の軍師の、現代知識に異世界の理を組み込んだ『ハイブリッドな新戦術』の最大の罠だった。


「……かかったな、現代知識に驕る定石馬鹿ども」



ゴゴゴゴゴ……ッ!!

 突如、戦場の真横から凄まじい水音が響き渡った。塹壕を掘る「ついで」に、ザイドの諜報部隊が密かに近隣の川のせきを爆破し、戦場へと川の水を一気に流し込んだのだ。


掘り返された柔らかい土と、大量の川の水が混ざり合い、平原は瞬く間に底なしの『泥沼』へと変貌した。

 煙幕で視界を奪われ、パニック状態で重い大砲を前進させようとした敵兵たちは、絶望の悲鳴を上げた。


『う、動かんッ!? 車輪が泥に……!!』

『駄目だ、重すぎる! 筒の向きが変えられないぞ!!』


近代兵器の強みである「重厚な火力」が、ここに来て致命的な枷となる。鉄の車輪は泥濘に深く沈み込み、大砲はピクリとも動かなくなった。

 恐るべき破壊力を持った近代兵器は、マーシャの泥臭い戦術によって、ただの**「重い鉄のガラクタ」**へと完全に成り下がったのだ。



「……どれだけ優れた近代兵器だろうと、懐に潜り込まれればただの鉄の筒だ」


分厚い煙幕と、敵の絶望の叫びが響く泥沼の戦場。

 マーシャは双短剣を抜き放ち、極悪非道な悪魔の笑みを浮かべた。


「お前たちの火薬の時間は終わった。……ここからは、私たちが最も得意な『泥試合しらへいせん』に付き合ってもらうぞ!」


その号令を合図に。

 竹束の影から、塹壕の底から、泥に塗れた大帝国の精鋭たちが、堰を切ったように一斉に飛び出した。


「もらったァァッ!!」

 ザイドが泥を蹴って跳躍し、銃の装填にもたつく敵兵の首に毒刃を突き立てる。

「我らが覇王の御前である!!」

 カディルの洗練された長剣が一閃し、接近戦に対応できず立ち尽くす敵兵の胴体を両断する。遠距離からの理不尽な暴力には手も足も出なかった彼らだが、至近距離での白兵戦になれば、帝国最強の騎士と暗殺者の右に出る者はいない。


そして。

「蹂躙せよ」


土煙を切り裂き、白銀の甲冑を纏ったファリードが、修羅の如き気迫で敵本陣へと躍り出た。

 彼の振るう長剣が、雷光のような軌道を描いて敵の指揮官を脳天から叩き割る。圧倒的な武力と、獰猛な王の覇気が、敵兵の戦意を完全にへし折っていく。


近代兵器という理不尽な暴力。

 それに対し、歴史の知識と物理の論理に基づくマーシャの冷徹な戦術と、仲間たちの研ぎ澄まされた武力が完璧に融合した瞬間であった。大帝国の精鋭たちは、泥沼の中で新大陸帝国の軍勢を完全に蹂躙し、最悪の盤面を最高に痛快な逆転劇へと塗り替えたのであった。

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