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悪魔の軍師は故郷に帰りたい ~男装して美貌の追放王子を玉座に導いたら、退路を断たれ極上の檻に閉じ込められました~  作者: *しおり*
王都奪還編

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第三部1

太陽暦七百八十七年。

 王都グラナダの玉座に正統なる血統――覇王ファリードが返り咲き、大帝国シャジャルが内乱の泥濘から抜け出してから、二年の歳月が流れた。


かつて辺境の酒場で追っ手に怯えていた王子は、今や広大な版図を誇る大帝国の絶対君主として、その名を大陸全土に轟かせていた。

 十九歳となった彼の治世は、合理性に裏打ちされたものであった。叔父マレクに連なる腐敗した旧貴族たちは、私財を没収された上で一切の慈悲なく広場で斬首され、その莫大な富はすべて国庫と民への還元へと回された。


 ファリードは身分や血統を一切問わず、実力のみで重用する徹底した能力主義を敷いた。治安は劇的に改善され、交易路は安全を取り戻し、かつて悪魔の軍師が残した地下水路の図面を基に王都のインフラは完璧に整備し直された。


周辺諸国の王たちは、若き覇王の圧倒的な武力と、隙一つ見せない鋭い外交手腕に震え上がった。

『白銀の死神』『瞬きせぬ黄金の瞳』。畏怖を込めてそう囁かれるファリードの傍らには、常に「空席の椅子」が一つ置かれているという。彼は自らの絶対的な権力を確立する一方で、かつての相棒が遺した定石という名の盤面を、忠実さを守り、完璧な国を作り上げていたのである。


 すべては、いつか舞い戻るただ一人の軍師が戻ってきた時のために。


――しかし。その盤石に思えた平和は、予期せぬ方角から、あまりにも理不尽な力によって粉砕されることとなる。


事の起こりは半年前。帝国の西の果て、波打つ海の向こうから、奇妙な噂が流れ始めた。


『帆を持たず、黒い煙を吐いて海を逆走する巨大な鉄の怪物を見た』と。


 最初は漁師の戯言か、海竜の見間違いだと思われていた。だが、西の海へ向かった帝国の巨大なガレオン船が、ただの一隻も帰還しなくなったことで、事態は異常な熱を帯び始める。


そして一ヶ月前。悪夢は現実のものとなった。

 大帝国の西の玄関口である港塞都市アデンの沖合に、突如として数十隻からなる黒く分厚い鋼鉄で覆われた巨大船団が姿を現したのだ。

 彼ら――海を挟んだ未知の大陸からやってきた新大陸帝国の軍勢は、宣戦布告すらまともに行わなかった。交渉の使者を乗せた小舟を問答無用で沈めると、船の側面に開いた無数の穴から、帝国の誰も見たことがない巨大な鉄の筒を一斉に覗かせたのである。


直後、雷鳴を何百倍にもしたような轟音と、目を焼く閃光が港を包んだ。

 投石機など比ではない。見えない巨大な鉄球が、超音速で城壁を打ち砕き、石造りの見張り塔を飴細工のように吹き飛ばした。一瞬にして港塞都市は紅蓮の業火に包まれ、陥落した。


それは、大帝国の歴史の流れが完全に崩壊した瞬間であった。

 剣と弓、そして馬。数千年かけて築き上げられたこの大陸の戦争論理は、新大陸がもたらした火薬と銃砲という彼らの預かり知らぬ圧倒的な産業的暴攻の前に、何の意味も持たなくなったのだ。


瞬く間に西の領土を切り取り、内陸へと進軍を開始した新大陸帝国の侵略軍。

 彼らの無慈悲な蹂躙を食い止めるべく、覇王ファリードは自ら数万の精鋭を率いて王都を出陣した。



ーーそして現在。

 西の平原。熱風が吹き荒れる防衛線は、かつて誰も嗅いだことのないツンと鼻を突く硝煙の臭いが漂っていた。

 空を覆うのは雨雲ではなく、黒色火薬が生み出した絶望の淀んだ煙。大帝国の誇る重装騎士たちが、敵の陣地から放たれる見えない弾丸の前に次々と泥を噛み、強固な盾の陣形が、無慈悲な大砲の轟音と共に粉々に砕け散っていく。


理不尽な未知の文明による、一方的な殺戮。

 かつてない絶望の淵に立たされた大帝国の本陣で、若き覇王が血を吐くような焦燥に目を細めた、まさにその激戦の只中。


そして現在。西の平原、熱風が吹き荒れる防衛線は、かつてない硝煙の臭いに包まれていた。


「……くっ、全軍、盾を重ねろ! 逃げるな、ここで食い止めねば王都が焼かれるぞ!!」


最前線、銀甲冑を赤黒い返り血で染めた近衛騎士団長カディルが、喉を潰さんばかりに吠えていた。

 だが、その目の前で、帝国最強を誇る重装歩兵の盾が、轟音と共に放たれた鉄球によって紙細工のように粉砕される。新大陸帝国の兵器、大砲だ。さらに、隊列を組んだ敵兵が手にする鉄の筒が一斉に火を噴くたび、見えない弾丸が騎士たちの胸板を貫き、次々と土を噛ませていく。


「旦那! 無理だ、あんなもん剣も槍も届かねえ距離から撃たれてんだぞ!!」

 ザイドが砂塵に塗れながら絶叫した。彼の自慢の諜報部隊も、雷鳴のような銃声と黒煙に巻かれ、攪乱どころではない。



 本陣に座すファリードの金色の瞳に、かつてない苛烈な焦燥が宿っていた。

 十九歳となり、完成された王の風格を備えた彼の背後には、この二年間、誰一人座ることを許されず、空席のまま守り続けられてきた軍師の椅子があった。


(……このままでは全滅する。退くか? いや、退けば王都まで奴らを遮る防衛線はない)


ファリードは馬上から、絶望的な戦況を血の滲むような思いで睨みつけていた。

 大帝国の誇る重装歩兵が、見えない弾丸に次々と倒れていく。鉄の盾すら容易く貫く、未知の兵器。兵たちの心は、理不尽な死の恐怖によって完全に折れかけていた。


(諦めるな。思考を止めるな。……考えろ。彼女なら、あの悪魔ならどうする!?)


ファリードは奥歯を噛み砕くほどの力で食い縛り、敵の陣形と未知の武器の動きを必死に分析し続けた。

 過去の戦法の定石が通用しないなら、泥の中に活路を見出せ。それが、彼女が三年間で自分に叩き込んだ戦い方だ。


(敵のあの鉄の筒……恐るべき威力だが、一度火を噴いてから、次に筒を構えるまでに奇妙な空白の時間がある。大砲とやらも、巨大な鉄球を放つが直線的な動きしかできない。必ず、どこかに付け入る構造的な隙があるはずだ!)


王としての冷徹な頭脳が、未知の恐怖を論理的に分解しようとフル回転する。

 しかし、その隙を突くためには、敵の砲撃の網の目を潜り抜け、前衛の兵を何千人も捨て石にして肉薄するしかない。それは王としての被害を度外視した、あまりにも非情で絶望的な博打であった。


ファリードは、己の背後にある、主のいない空席の椅子を振り返った。


(……もし。お前が、ここにいてくれたなら)


ファリードの胸の奥底が、ギリッと音を立てて軋む。

 もし、あの悪辣で頼もしい小さな軍師が隣にいたなら。こんな理不尽な絶望を前にしても、彼女は決して怯まず、鼻で笑って、誰も思いつかないようなえげつない奇策で、この最悪の盤面をひっくり返してくれるのに。


いない者の幻影に縋る己の弱さを振り払うように、ファリードは腰の長剣を力強く引き抜いた。


(次の一斉射撃が終わった直後。弾込めの数十秒の隙に、全騎馬隊を捨て石にしてでも敵の中央を突破する。……私が自ら、先陣を切るしか――)


ファリードが、決死の突撃を全軍に命じようと息を大きく吸い込んだ、まさにその瞬間だった。


――ズガァァァァァァァンッ!!!!!


ファリードが決死の突撃を命じようとした遥か前方。敵の砲兵陣地のド真ん中で、天を突くような凄まじい大爆発と火柱が上がった。

 爆風と共に、新大陸帝国の生命線である黒色火薬の保管庫が次々と誘爆を起こし、平原を激しく震わせる。


大混乱に陥る敵軍のただ中。もうもうと立ち込める分厚い黒煙を切り裂いて、一陣の風が舞った。


「なっ……何事だ!?」

 最前線で盾を構えていたカディルが、目をすがめて砂塵の向こうを凝視する。


炎の海と泥濘の中から飛び出してきたのは、この戦場には場違いな一人の美女。


 吹き荒れる熱風に、艶やかな漆黒の髪が背中まで美しく広がり、踊る。ターバンも泥の偽装も剥ぎ取られたその素顔は、異国情緒を漂わせた繊細で薄い顔立ちをしており、陽光と炎に照らされたその横顔は、泥に塗れた戦場にあって息を呑むほどに神々しかった。


 その身を包むのは、長旅で使い込まれた軽装の革鎧。だが、分厚いサラシから解放されたその姿には、隠しようのない女性としての柔らかな曲線と、しなやかな肢体が堂々と晒されている。


まるで、血塗られた地獄に舞い降りた戦乙女。

 彼女は翻る外套を翻しながら、見覚えのある鮮やかな手捌きで双短剣を振るい、怯む敵兵の喉笛を瞬く間に切り裂いていく。


「お、おい旦那……なんだありゃあ」

 ザイドが飛んでくる銃弾も忘れ、口をあんぐりと開けた。

「異国の美女……? いや、なぜあんな女が戦場のど真ん中に……天から遣わされた死神か何かか!?」


カディルもまた、完全に脳の処理が追いつかず、石像のように固まっていた。

 無理もない。陣営の誰もが、悪魔の軍師を小柄で口の悪い男だと信じて疑わなかったのだ。目の前で敵を蹂躙している美しすぎる女戦士と、かつての泥だらけの相棒が、彼らの中で全く結びついていなかった。


しかし、その神々しい女戦士は、敵の砲兵陣地を完全に沈黙させると、不敵に唇を吊り上げ、戦場に響き渡る声で獰猛に笑い放った。


「弾込めに三十秒。……遅すぎるんだよ、新大陸のドン亀ども!!」


――その、聞き慣れた悪辣な口調。 声の高さは決定的に違うのに懐かしさすら感じるその叫び声。

 本陣からその一部始終を睨みつけていたファリードは、立ち上がっていた。


彼の金色の瞳が、極彩色の熱を帯びて大きく見開かれる。

 隠されていた性別。その異国情緒あふれるその美貌。そんなものは、彼にとってはどうでもよかった。二年間、餓死寸前の獣のように耐え忍んできた情念と、失うかもしれなかった絶望が、限界を突破して一気に溢れ出す。


彼はもう、完璧な皇帝の仮面を被っていることすら忘れ、腹の底から湧き上がるありったけの感情を乗せて、戦場を震わせるほどの声で叫んだ。


「――マーシャァァァァァッ!!!」


 王の威厳もかなぐり捨てた、感極まったその絶叫。

 その声が最前線に届いた瞬間。

 カディルとザイドの時が、ピタリと止まった。


「……は?」

「ま、マーシャ……? 殿下は今、あの女のことを、マーシャと……」


二人はギギギと錆びついた機械のように首を回し、再び敵陣のど真ん中で双短剣を血に染めている美女を凝視した。

 あの双短剣の軌道。人を小馬鹿にしたような笑い方。そして、ファリードが名指ししたという絶対的な事実。


「あ、兄貴……? あの美女が、軍師殿……?」

 ザイドが手に持っていた短剣をポロリと泥の中に落とした。


「マーシャ……! お前、女だったのかァァァァァァッ!!?」


カディルとザイドの絶叫が、砲声さえも掻き消さんばかりに平原に響き渡った。

 大パニックに陥り、頭を抱える将軍たち。周囲の帝国兵たちも「えっ!? 悪魔の軍師って女だったのか!?」と戦場のど真ん中で完全にざわつき始めている。


そんな味方の大混乱を他所に、マーシャは返り血を無造作に手の甲で拭うと、本陣に座すファリードに向かって、双短剣を頭上で交差させて見せた。

 ――私が退路を断った。蹂躙しろ。


ファリードの顔から、すべての焦燥が消え去った。

 代わりに浮かび上がったのは、二年間抑え込んでいた底知れぬ歓喜と、絶対的な自信に満ちた覇王の獰猛な笑みであった。

 性別が暴かれようが、仲間がパニックになろうが知ったことではない。ついに、彼の檻の中に、最も愛らしく、最も有能な悪魔が舞い戻ったのだ。


「全軍、突撃ィィィッ!!!」


ファリードは自ら長剣を天に掲げ、雷鳴の如き号令を轟かせた。


「我が軍師が開いた血路だ!! 一歩たりとも無駄にするな!! 新大陸の愚か者どもに、大帝国の泥の味を教えてやれ!!」


「う、うおおおおおっ!! 兄貴に続けェェェッ!!」

「女だろうと悪魔だろうと構わん! 我らが軍師殿の帰還だァッ!!」


ザイドとカディルも混乱を強引に士気へと変換し、歓喜の咆哮を上げながら前線へと躍り出た。

 大砲という牙を抜かれた敵軍は、もはや怒り狂う大帝国の精鋭たちの敵ではない。覇王の号令と共に雪崩れ込んだファリード本軍が、前衛から敵陣を完全にすり潰していく。


未知の兵器による絶望を、一瞬にして完璧な戦況有利へと塗り替えた、鮮烈なる再会。

 王都を揺るがす第三部の戦端は、この神々しくも泥臭い悪魔の帰還によって、最強の反撃の狼煙を上げたのであった。


「うおおおおおっ! 突撃ィィィッ!!」


覇王の号令と共に、大帝国の精鋭たちが地鳴りのような雄叫びを上げて平原を駆ける。

 だが、前線を駆け抜けながらファリードの横に並走してきたマーシャは、血に濡れた双短剣を構えながら、周囲の将軍たちへ向けて鋭い声を飛ばした。


「慌てるな! 敵の砲兵陣地を一つ潰したとはいえ、まだ奥には後続の大砲が残っている! だが案ずるな、奴らはもう無闇には撃てない!」

「な、なぜです軍師殿ッ!?」


(まだ女だと信じきれんが、雰囲気と口調は間違いなく軍師殿だ!)


 走りながら混乱しているカディルに、マーシャは不敵な笑みを向ける。


「私の帰還が遅れた『手土産』だ。沖合に停泊していた敵の旗艦に潜り込み、一番デカい火薬庫を半分吹き飛ばしてきた! 奴らの弾薬はすでに底を尽きかけているし、誘爆を恐れて陣形も乱れている!」

「ひ、旗艦の火薬庫を!? さすがは兄貴……いや、姉御ォォッ!!」

 ザイドが歓喜の涙を流しながら吠えた。


しかし、残弾が少なくとも、平原での正面突撃は新大陸帝国の未知の兵器にとって格好の的であることに変わりはない。

 案の定、敵陣の奥から生き残っていた大砲が火を噴き、黒い鉄球が放たれた。それは空を飛ぶのではなく、平原の硬い地面をバウンドしながら、恐るべき速度で帝国兵の列へと向かってくる。


「前衛、大盾を構えろ! 密集陣形で弾き返せ!!」

 タリクが咄嗟に、帝国軍が得意とする巨大な盾の壁を築こうと命じた、その時だった。


「馬鹿者! 立ってマトになるな!!」


マーシャの鼓膜をつんざくような怒号が飛んだ。


「その鉄の球は盾ごと人体を粉砕する! 面で受けるな! 陣を解け! 全員、即座に地面を掘って泥の中に潜れ!!」


「泥に潜る!?」


 大帝国の誇り高き騎士たちにとって、地面を這いずり回るなど前代未聞の指示だった。だが、彼らの身体にはこの三年間で悪魔の軍師の言葉は絶対であるという生存本能が完全に染み付いていた。

 タリクをはじめとする前衛部隊は、一切の躊躇なく密集陣形を解き、武器や盾、素手を使って平原の柔らかい土を猛スピードで掘り返し、溝を作り、掘り出した土を前方に高く積み上げた。


直後。ドゴォォォォンッ!という地響きと共にバウンドしてきた鉄の砲丸は、泥の中に隠れた兵士たちの頭上をかすめ、高く積み上げられた土塁に深くめり込んで、ズズン……と重く、その威力を完全に殺された。


「なんと……防ぎ切りおった!」

「点と線だ! 決して面で固まるな! 溝を這って前進しろ!!」


マーシャが持ち込んだ、日本の長篠の戦いや近代戦に端を発する『塹壕ざんごう戦』の概念。

 大帝国の絶対的な定石をすべて捨てさせたこの即席の戦術により、兵士たちは大砲の水平射撃を無効化し、最小限の被害でジリジリと敵陣へと肉薄していく。


* * *


『ば、馬鹿な! 誇り高き帝国の騎士どもが、泥の中をモグラのように這い進んでくるだと!?』


 新大陸帝国の指揮官が、理解不能な光景にパニックを起こしていた。

『構わん、撃て! 鉄の筒の一斉射撃で、モグラどもを蜂の巣にしてやれ!』


敵の歩兵たちが、塹壕から這い出ようとする帝国兵に向けて一斉に銃口を向ける。

 しかし、マーシャの盤面はすでに次の一手を打ち終えていた。


「大砲も銃も、結局のところ目視できなければ狙いが定まらないただの筒だ!! ――イブン!!」

「ヒッヒッヒ! お待ちしておりましたぞ、美しき軍師殿ォ!」


後方から、医療・毒物部隊長のイブンが狂ったような笑い声を上げながら駆け出てきた。


「イブン! 毒は抜いていい、とにかく発煙性の高い薬草を風上から大量に焚け! 息が詰まるほどの煙を作れ!」

「御意に! さぁお前たち、惜しまず焚き散らせ!!」


部隊の兵士たちが、荷馬車から下ろした特製の薬草と湿った木材に火を放つ。

 瞬く間に、戦場全体が分厚く、白く濁った煙幕にすっぽりと包み込まれた。


『な、なんだこの煙は!? 前が見えん! 敵はどこだ!?』

『撃て! とにかく撃ちまくれ!!』


視界を完全に奪われた新大陸帝国の兵士たちは、パニックに陥り、見えない煙の中へ向けてデタラメに銃弾と大砲を撃ち放つ。しかし、的を絞れない散発的な銃撃など、塹壕に身を隠した帝国兵には当たらない。


そして。

 敵が大砲の狙いを定められず、銃の装填に焦ってもたついている、その致命的な空白の数十秒。


煙幕と塹壕を利用して、完全に敵の懐まで肉薄していたファリード軍が、ついにその獰猛な牙を剥いた。


「……どれだけ優れた近代兵器だろうと、懐に潜り込まれれば、ただの鉄の筒だ」


煙の向こう側から、悪魔の軍師の冷酷な声が響き渡る。


「私たちの得意な泥試合に、たっぷりと付き合ってもらうぞ!!」


マーシャの号令と共に。

 分厚い煙幕の中から、大帝国の最強の精鋭たちが、堰を切ったように一斉に飛び出した。


「もらったァァッ!!」

 ザイドの毒刃が、銃に弾を込めようとしていた敵兵の首を、音もなく、鮮やかに刈り取る。


「我らが覇王の御前である! 吹き飛べ!!」

 カディルの振るう長剣が、接近戦に対応できず立ち尽くす敵の歩兵部隊を、甲冑ごと真っ二つに両断する。タリクの大盾が、敵の大砲の砲身そのものを物理的に叩き割る。


遠距離からの暴力には手も足も出なかった大帝国の騎士たちだが、ひとたび至近距離での『白兵戦』に持ち込まれれば、彼らの右に出る者はこの世界に存在しない。


「蹂躙せよ」


そして。煙を切り裂き、白銀の甲冑を纏ったファリードが、修羅の如き気迫で敵の本陣へと躍り出た。

 彼が手にした長剣が一閃するたび、新大陸帝国の兵士たちが悲鳴を上げる間もなく血飛沫に変わっていく。その傍らでは、マーシャが、ファリードの死角を完璧にカバーしながら、舞うように敵の命を摘み取っていた。


新大陸帝国の絶対的な兵器の優位性は、悪魔の軍師の泥臭い定石外の戦術と、覇王の圧倒的な武力によって完全に粉砕された。

 二年間燻っていた大帝国軍の鬱憤が、今、血と歓喜の咆哮となって、西の平原を完全に制圧したのだった。

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