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悪魔の軍師は故郷に帰りたい ~男装して美貌の追放王子を玉座に導いたら、退路を断たれ極上の檻に閉じ込められました~  作者: *しおり*
立志編

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数ヶ月後。


かつて赤蠍が細々と支配していたガレブ渓谷は、完全に「ファリードの領土」へと変貌していた。


部族から吸収した精強な山岳歩兵が二千。

 ザルカから提供された潤沢な資金と最新の武具。

 そして、それらを一糸乱れぬ論理的指示で統率する、軍師マーシャの影。


砦のバルコニーに立つマーシャの隣に、かつてより急速に一回り背が伸び、顔つきが精悍になったファリードが並んだ。


「……平定完了だな、殿下」

「ああ。だが、これはまだ序章だ。……マーシャ、礼を言う。お前の言葉がなければ、私は自分の武器に気づくことさえなかった」


ファリードが、隣に立つ小柄な「男」、いや「女」の横顔を見下ろした。

 その瞳にあるのは、あの月光の下で見た、彼女の背中に刻まれた無数の傷跡――地獄を生き抜いてきた彼女の凄絶な過去に対する、深く静かな「敬意」だった。自分が本当の王にならなければ、この小さな背中を守ることはできないという、十四歳の少年なりの決意だ。


だが、そんなファリードの内面の変化など露知らず、マーシャは鼻で笑って男物の外套をバサリと翻した。


「勘違いするな。あんたの顔が使えるカードだった、というだけだ。……さあ、ガレブの風はもう止んだ。次は帝国の喉元、王都近隣の肥沃な平原へと盤面を移すぞ」


吹き抜ける乾いた風の中、ファリードの視線がふと、マーシャが風を遮るように持ち上げた左手首へと落ちた。

 そこには、出会った時からずっと巻き付けられている、泥に汚れて千切れかけた紐があった。


「……マーシャ。出会った時から気になっていたのだが」

「ん?」

「なぜ、そんなボロボロの紐をずっと着けているんだ? もう千切れかかっているじゃないか。報酬の代わりというわけではないが、新しい宝石の腕輪でも買ってやろう」


ファリードの何気ない問いかけに、マーシャはふっと息を吐き、自身の左手首のミサンガを右手でそっと庇うように撫でた。ターバンの奥の黒曜石の瞳が、ここではないどこか遠くを見るように細められる。


「宝石なんざ、重くて剣が振りにくくなるだけだ。……それに、こいつはただの紐じゃない。私の『遠い故郷』へ帰るための、たった一枚の切符なんだ」

「故郷……?」

「ああ。……あんたを無事に玉座に就けて、約束の莫大な報酬をもらったら。私はこれを持って、自分の家に帰るのさ。海を越えた、ずっと遠くへ。……きっと、もう二度と会うこともないだろうな」


その言葉を聞いた瞬間。

 ファリードの心臓を、氷のように冷たい刃でゆっくりと撫で斬りにされたような、得体の知れない喪失感が襲った。

 息が詰まり、喉の奥がカラカラに乾く。


(私が王になれば……軍師は、彼女は、私の隣からいなくなる?)


「……そう、か」


ファリードは掠れた声で小さく呟き、石造りの手すりを握る自身の両手を、骨が軋み、指の関節が白く抜け落ちるほどに強く握りしめた。

 彼女の無事を願い、彼女を守るためでもある玉座だったはずだ。だが、自分が王座に近づけば近づくほど、彼女がこの国から去る日が近づいてくる。


(……ならば。この戦乱が永遠に終わらなければいいとすら、私は思ってしまっているのか)


自身の胸の奥底の、暗く湿った場所に産み落とされた、何らかの感情の種。

 ファリードはそれを必死に奥歯で噛み殺し、遠い空を見上げるマーシャの横顔を、痛いほど強く見つめたのだった。


辺境の死神と呼ばれた私軍が、いよいよ大陸の中央へと牙を向く。

 異邦の軍師と美貌の王子の物語は、これより血と栄光の「本戦」へと突入していく。



ーー少年編終わり


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