第7話 水問題は早急になんとかする必要があるな
「さて、と。とりあえず朝飯にするか」
一息ついたところで、レインはようやく喉の渇きを思い出した。
昨夜からろくに水も飲んでいない。背負い袋の脇に括りつけていた水筒を手に取り、慣れた動作で口をつける。
──が、何も出てこなかった。
「しまった……空だったか」
逆さにしてみても、ぽつりとも落ちてこない。
レインが小さく眉をひそめると、スイがすぐに反応した。
「あ、お水ですか?」
「ん? ああ。切れたみたいだ」
「でしたら、付いてきてください」
そう言うと、スイはぺたぺたとまだふらつく足取りで戸口へ向かった。
レインも水筒を手に、その後を追う。
家の裏手を少し下った先に、小さな池があった。さっき、スイが話していた外の池というのはこれらしい。
だが、近づいて見たレインは顔をしかめた。
「……これは」
水面には泥がうっすら浮き、風に揺れるたびに枯れ葉や細かなごみが端へ寄っている。底の方も濁っていて、透明感なんて欠片もない。
飲み水どころか、顔を洗うのもためらう有様だった。
「とても飲めたもんじゃないな……」
レインが正直な感想を漏らすと、スイは「大丈夫です」と胸を張った。いや、実際にはあまり胸は張れていないが、気持ちとしてはそのつもりらしい。
「待っててくださいね」
「待つって、何を──」
問いかけるより早く、スイは池の縁にしゃがみ込み、そのまま自分の指を、いや手を、いや腕を肩までぴちゃりと水につけた。
「お、おい」
レインが思わず一歩引く。
スイはそのまま真剣な顔で池の水を睨む。
水面がユラユラと揺れて、スイの水色がかった髪が僅かに風に揺れた。
「スイ?」
「レインさん、コップ貸してください」
「コップ?」
「その、水筒の蓋でいいです」
言われるまま、レインは半信半疑で水筒の蓋を外して差し出した。
スイはそれを両手で受け取ると、なぜか少し嬉しそうに頷いた。次の瞬間。
「では、出しますね」
だぁぁぁぁ、と。
スイの口元から、勢いよく水が注がれた。
「うぉい! 何やってる!?」
思わず素っ頓狂な声が出る。
蓋の中に水はたまっていくが、その光景があまりにも予想外すぎた。口の端から少しこぼれた水が顎を伝い、スイ本人はいたって真面目な顔をしているのがまたひどい。
「綺麗なお水です」
「嘘だっ!」
「嘘じゃないですよ。私の体の中で、池の水から不純物を分離しましたから」
えへん、と言いたげな顔だった。
レインはひきつった表情のまま、恐る恐る蓋の中を覗き込む。
確かに、水は驚くほど澄んでいた。無色透明で、泥も塵も浮いていない。さっきまで池にあった濁りが嘘みたいに、きれいな水だった。
「……ほんとかよ」
スイはニコニコとこちらを見ている。
褒められるのを待っている顔だ。
レインは蓋を持ったまま、しばらく逡巡した。
見た目は綺麗だ。理屈も、たぶんスライムだからそういうこともできるのだろう。だが、さっきの出し方を見た直後だと、どうしても心が追いつかない。
「……飲めって?」
「はい!」
満面の笑みである。
そこまで期待に満ちた目で見られると、さすがに「無理」とも言いづらい。レインは覚悟を決め、蓋を口元へ運んだ。
一口。
ひんやりしているわけではない。むしろ少しぬるい。池の水を体内でこしただけなんだから、まあそうだろう。
だが、味は確かだった。
泥臭さはない。変なえぐみもない。むしろ、街の井戸水より澄んでいるかもしれない。
「……ほんとに、綺麗な真水だな」
「でしょう?」
スイがぱっと顔を輝かせる。
その笑顔に押されて、レインはもう一口飲んだ。やっぱりぬるい。でもちゃんと飲める。いや、飲めるどころか、この状況では十分すぎるくらい、美味しい。
「これでお水の心配は無いですね」
「いや」
レインは即答した。
「水問題は早急になんとかする必要があるな」
「えっ」
「いやだって、その供給方法に頼るのは色々とまずいだろ」
「そ、そうですか……?」
スイは少しだけ首をかしげた。
確かに、スイのお陰で喉を潤すことはできた。
できたのだが、これを毎回やるのは精神的に慣れが必要すぎる。
いや、もしこれに慣れてしまったら、人として何か終わる気がする。
池のほとりで、水筒の蓋を片手に、レインは遠い目をした。
さて、これからやる事が山積みだな。




