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第38話 ストーンゴーレム

「うわー、ほんと石ばっかりね。絶対住みたくないわ」


 足元に転がる白灰色の石をつま先で避けながら、リーファが開口一番そう言った。


 街道の南。そこからさらに脇道へ外れた場所に、件の石切場はあった。


 街からはそれなりに離れている。人の行き来も途絶えて久しいのだろう。道らしきものは一応残っているものの、あちこちに雑草が伸び、乾いた土と石くれが剥き出しになっていた。


 右を見ても石。左を見ても石。

 遠くには切り立った岩山があり、その肌には人の手で削られたような段差や溝がいくつも刻まれている。


 枯れた草の間からは、古い木の杭や、錆びた金具の残骸が顔を出していた。かつてはここにも作業小屋や荷置き場があったのだろう。だが今では屋根も壁も崩れ、石と土に埋もれかけている。


「確かに、リーファさんには住みにくそうですね」


 スイがキョロキョロと周囲を見回す。


 植物の気配は薄い。

 岩場の隙間にしぶとく草が生えてはいるが、湿った土や、根を伸ばしやすい柔らかな地面はほとんど見当たらなかった。


 リーファは腕に抱えた宿木の鉢をぎゅっと寄せる。


「住みにくそう、どころか住めないわよ。こんなところ、根を伸ばす気にもならないわ。土は痩せてるし、乾いてるし、風は粉っぽいし……ああもう、見てるだけで喉が渇く」


「ルゥは割と好き」


 ぼそりと、ルゥが言った。


 灰銀の耳をぴくりと動かし、岩陰を見つめている。鼻を鳴らし、匂いを確かめる仕草はいつもより少しだけ機嫌がよさそうに見えた。


「なんでよ」


「見晴らしがいい。隠れる場所もある。足音も響くし、敵の気配も分かりやすい」


「……あんた、本当に野生みが抜けないわね」


「リーファたちが油断しすぎ」


 ルゥの返しに、リーファが呆れた顔をする。


 レインは二人のやり取りに苦笑しつつ、背負っていた荷物の紐を軽く直した。


 今日は、四人全員で来ている。


 正直、危険な魔物がいるかもしれない場所に全員を連れてくるのは迷った。けれど、何が起こるか分からない状況である以上、人数は多い方がそれだけ対応出来る事も増える。

 ……というか。ルゥと二人で行こうとして、スイとリーファに駄々を捏ねられて押し負けただけだが。


「聞いた話だと、奥に見える岩山の方だって言ってたけど……」


 レインは遠くの岩山を見上げる。

 乾いた風が吹き、細かな砂が足元を転がっていった。


「とにかく行ってみるか」

「はい」

「仕方ないわね」

「ルゥ、先を見てくる」


 ルゥが前に出る。


 その足取りは軽い。石だらけの足場でも、彼女はほとんど音を立てずに進んでいく。対照的に、リーファは何度も石につまずきかけ、そのたびに文句を言った。


「ちょっと、これほんとに道なの? どこも石だらけじゃない」

「古い作業道だったんだろうな。ほら、端に石が並んでるだろ」

「ほとんど崩れてるじゃない」

「時間が経ってるんだろうな。仕方ないさ」

「まったく、うちの村といい勝負ね」

「……それを言われると痛い」


 レインは思わず顔をしかめた。


 ◇ ◇ ◇


 小一時間ほど、そんな悪路を進んだ頃だった。


 先を歩いていたルゥが、ぴたりと足を止めた。


「いる」


 短い声。


 レインたちは一斉に立ち止まる。


 目の前には、大きな岩場が広がっていた。岩山の裾が削られ、人工的な広場のようになっている。そこには切り出された石材が整然と積まれ、半ば崩れた作業台や、朽ちた木製の滑車が残っていた。


 そして、その奥。


 動く影があった。


 ごつ、ごつ、と低い音が響く。


 それは、人よりもはるかに大きな石の巨体だった。


 胴も腕も脚も、無骨な岩を組み合わせたような形をしている。頭部らしき部分には顔と呼べるものはほとんどなく、ただ片側に埋め込まれた鈍い魔石だけが、淡く光っていた。


 ストーンゴーレム。


 岩と土を組み上げ、魔力とコアで動く人造の魔物。


 そのゴーレムは、レインたちに気づく様子もなく、岩壁の前で作業を続けていた。


 大きな手を岩肌に押し当てる。

 すると魔力の光が薄く走り、岩にまっすぐな亀裂が入った。ゴーレムはその亀裂に指をかけ、力任せに引き剥がす。


 巨大な石塊が、地鳴りのような音を立てて外れた。


 それを地面に置くと、今度は拳を振り下ろす。

 一撃、二撃、三撃。


 闇雲に砕いているように見えて、その動きは乱暴ではない。切り出された石は、ほとんど同じ大きさの直方体になっていた。


 ゴーレムはそれを二つ、三つと抱え上げる。


 普通の人間なら十人がかりでも運べないような石材を、まるで薪でも抱えるように持ち上げ、ゆっくりと歩き出した。


 向かう先には、すでに同じ大きさの石が積まれている。


 無機質で、正確で、一切無駄のない作業。

 それが逆に、不気味なほどだった。


「……あれで間違いないわね」


 リーファが小声で言う。

 いつもの強気な調子は、少しだけ影を潜める。


「ああ」


 レインも声を潜めて頷く。


「ストーンゴーレムだな」


「ゴーレムというと……」


 スイが不安そうに呟く。


 彼女の視線は、巨大な石の腕に釘付けになっていた。あれに叩かれたら、普通の人間ならひとたまりもないだろう。


 レインは、できるだけ落ち着いた声で説明する。


「そうだな。スイたちみたいに自然に生まれた魔物とは違って、ゴーレムは作られた魔物だ」


「作られた……」


「岩や土みたいな無機物に、魔力とコアを与えて造る。だいたいは、過去の大戦時に魔王軍の魔族によって作られた場合が多いな」


 魔王軍。


 その言葉に、スイが少しだけ肩を揺らした。


 リーファも黙って聞いている。ルゥは相変わらずゴーレムから目を離さない。


「命令を与えられたゴーレムは、その命令をこなし続ける。魔力が残っていて、コアが壊れない限り、休まず、眠らず、疲れ知らずだ」


「……ずっとですか?」


「そう、ずっと」


 レインは、作業を続けるゴーレムを見つめた。


 ゴーレムは石を運び、積み、また岩壁へ戻っていく。


 その足取りは重い。

 だが、迷いはない。


 何度も、何度も。

 おそらく昨日も、一昨日も、その前も。


 誰に見られることもなく。

 誰に褒められることもなく。


 ただ、与えられた命令を果たすために。


 ごつ、ごつ、と石の足音が響く。


 乾いた石切場に、その音だけが規則正しく続いていた。

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