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第39話 ゴーレムの拳が、スイの胴体に炸裂した

「ということは、あの子も誰かの命令で動いてるんですか?」


 スイの瞳が、岩を運び続けるゴーレムを見つめていた。興味や好奇心というより、単に心配の色が浮かんでいる。


 レインは、ゆっくりと頷いた。


「ああ。そのはずだ。ただ……」


 そこで言葉に迷う。


 ゴーレムは命令で動く。

 それは間違いない。


 だが、この状況から察するに……。


「動いてるのは、命令を遂行するためというより……止めろと言われてないからだろうな」


「どういうことですか?」


 スイが振り返る。


 レインは答える前に、辺りを見渡した。


 足元には、辺りの岩とは様子の違う石の塊がいくつも転がっている。


 最初は切り出し損ねた石材かと思った。

 けれど、よく見ると材質が違う。


 関節のような丸みを帯びた石。

 腕だったもの。

 脚だったもの。

 頭部らしき割れた塊。


 そして、その中心部に埋まっていたであろう赤い魔石の欠片。

 ひび割れ、光を失い、ただの石屑のように沈黙している。


 この状況から見るに、この辺りは古い時期に魔族が使っていた石切場なのだろう。昔はきっとたくさんのゴーレムが協力して働いていたはずだ。

 事情がありこの場所が急遽放棄されたのか、あるいは……。

 何にせよ主はこいつらに命令を変更する間もなく姿を消したのだ。残されたゴーレムたちは何年、何十年、もしかしたら百年の間、その指示を実行し続け、魔力が切れて力尽きた。


「……あいつが、最後まで動き続けてた一体、か」


 レインが呟くと、リーファが渋い顔で周囲を見回した。


「命令を下した本人は、もう居ないってこと。とっくに死んでるか、少なくとも近くにはいないでしょうね」


「そんな……」


 スイの声が小さく震える。


「じゃあ、あの子は何のために」


 その声は、ゴーレムには届かない。


 ただ、また一つ石を抱え、決まった場所へ運んでいく。


 ごつ。

 ごつ。

 ごつ。


 石の足音だけが、乾いた石切場に響いていた。


 スイはその音をしばらく聞いていた。


 そして、ふいに立ち上がる。


「私、少し話してきます」


「おい、ちょっと待て。危ないかもしれないぞ!」


 レインは慌ててスイの腕を掴もうとした。


 しかしスイは、珍しく首を横に振った。


「大丈夫です。お話を聞くだけですから!」


「いや、お話を聞くだけで済む相手かどうか分からないから言ってるんだ!」


 ゴーレムは基本的に命令に忠実な魔物だ。


 捕食もしないし、縄張りを広げようとすることもない。だから、何もなければ積極的に人を襲うことは少ない。


 だが逆に言えば、どんな命令が入力されているか分からない以上、迂闊に近づくのは危険だ。


「スイ、戻れ。まずは様子を──」


「大丈夫です!」


 スイはレインの静止を遮って、すたすたとゴーレムの元へ歩いていく。


「いや、大丈夫じゃないんだよ!」

「スイ、待ちなさいってば!」


「……もう遅い」


 ルゥの言葉通り、スイはすでにゴーレムのすぐ近くまで行ってしまっていた。

 あそこまで近づいてしまった以上、下手に刺激しないようにする他ない。


 すぐに駆け出せるよう身構えながら様子を見る。


 スイは巨大なゴーレムの横を、とことことついて歩いた。


「あの、ゴーレムさん。お仕事中ごめんなさい」


 ゴーレムは反応しない。


 岩を抱え、決まった歩幅で進む。

 その動きに、揺らぎはなかった。


「少し、お話を聞いてもいいですか?」


 返事はない。


 ごつ。

 ごつ。

 ごつ。


 重い足音だけが続く。


「あの、ほんの少しでいいんで。お時間は取らせませんから」


 スイはなおも食い下がる。


 レインは額を押さえたくなった。


 相手は店先のおばちゃんではない。

 時間を取らせないとか、そういう問題ではないのだ。


「あ。もしかして、私、小さすぎて見えてないのでは──」


 そう言って、スイがひょいっとゴーレムの前へ飛び出した。


 その瞬間。


『──ピー。任務遂行ニ対スル妨害行為ヲ確認』


 くぐもった音声が、ゴーレムの体内から響いた。

 それは声というより、石の奥で古い魔道具が発するノイズのようだった。


『対象ノ脅威度ヲ測定。……脅威、極小。通常モードニテ迎撃』


「へ?」


 スイが間の抜けた声を出した。


 次の瞬間。


 ズゴーンッ!


 ゴーレムの拳が、スイの胴体に炸裂した。


「へぶぅっ!!」


 スイの体が、信じられない角度に折れ曲がる。


 そのまま数メートル吹き飛び、地面を一度、二度、三度と跳ね、転がり、置かれていた古い木箱の山に突っ込んだ。


 ばきゃんっ、と乾いた音を立てて木箱が粉砕される。


 砂埃が舞い上がり、スイの姿が見えなくなった。


「ス、スイ!!」

「あのバカっ!」


 レインとリーファが同時に叫び、駆け出す。


 ルゥも低く唸りながら、ゴーレムから目を離さずに横へ回った。


 レインの心臓が嫌な音を立てる。


 見てしまった。


 殴られた瞬間、スイの背骨があり得ない方向に曲がっていた。

 いや、そもそもスイに人間と同じ背骨があるのかどうかは分からない。分からないが、少なくとも人間なら確実に駄目な曲がり方だった。


「スイ! どこだ!」


 レインは粉々になった木箱の破片を必死に退ける。


 リーファも宿木の鉢を片腕に抱えたまま、顔を青くして叫んだ。


「スイ! 返事しなさい!」


「……あ、はい」


 返事があった。


 あった。


 あまりにも普通に。


 レインは木片を払いのける手を止める。


 そこにスイがいた。


 まるで尻餅でもついたかのように、木片の中にぺたんと座っている。


 傷一つなく。


 目をぱちぱちさせて。


「び、びっくりしました」


 スイは自分のお腹の辺りを両手で押さえ、ふるふると震えた。


「もう少しで、ぶっちり千切れるかと思いました」


「……無事、なのか?」


「はい。どうにか」


 スイがテヘヘと笑う。


「そんな気はした」


 ルゥが冷静に答える。


 その落ち着きすぎた声に、レインは逆に力が抜けそうになった。


 リーファはしばらくぽかんとしていたが、やがてこめかみを押さえた。


「……びっくりさせないでよ。平気なのね?」


「はい。ちょっと形が崩れただけです。すぐに戻りますから」


「形が崩れたって何よ。人間の女の子が使っていい言葉じゃないわよ」


「す、すみません」


 スイが素直に謝る。


 レインは、へなへなとその場に膝をつきそうになった。


 無事だった。

 よ、よかった。

 さすがスライム。


 それは分かるが、さっきの光景があまりにも衝撃的すぎて、心臓がまだ落ち着かない。


「ス、スライムって、思いの外丈夫なんだな……」


 ようやく絞り出したレインの言葉に、リーファが引きつった顔で頷く。


「だてにあの弱さで絶滅しないわけね」


「よ、弱さ……」


 スイが少しだけしょんぼりする。


 しかし、すぐに気を取り直したように立ち上がった。


「でも、分かりました」


「何がだ」


 スイは木片を払いながら、真面目な顔でゴーレムの方を見る。


「荷物を運んでる人の前に立つのは危険ですね」


「違う。学ぶところはそこじゃない」


 レインは即座に言った。


 その間にも、ゴーレムはすでに何事もなかったかのように石を運び続けている。


 拳を振るったことなど、作業の一部でしかなかったかのように。

 スイを吹き飛ばした直後にも、歩幅も速度も変えず、岩場へ戻っていく。


 ごつ。

 ごつ。

 ごつ。


 規則正しい足音が、また石切場に響く。


 レインは息を整えながら、その背を睨むように見た。


 敵意があるわけではない。

 怒っているわけでもない。

 ただ、妨害と判断したものを、淡々と排除しただけ。


 だからこそ厄介だった。


「……やっぱり、話てどうにかなる相手じゃなさそうだな」


「そうね。下手するとスイが増えるわ」


「増えませんよ!?」


「千切れたら増えるんじゃないの?」


「そんなわけ……! あれ? 私、増えるんですか?」


 いつもの調子に戻りかけた二人のやり取りを聞きながら、レインは小さく息を吐き、改めてゴーレムを見た。


 石を運び続ける、作られた魔物。

 命令を果たすためだけに動き続ける存在。


 確かに仲間にできれば心強いが、そう簡単に話の通じる相手ではなさそうだ。

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