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第37話 石を運び続ける魔物

「えぇ!? スイちゃんってスライムなの!?」


 店先に、若い女性客の声が響いた。


「しーっ! 声が大きい!」


 すぐさま奥さんが叱りつける。若い女性は、はっとして両手で口を押さえた。

 どうやら、セリナが集まった客たちに事情を説明したらしい。


 もちろん、誰もすぐに飲み込めたわけではなかった。

 目の前にいるのは、どう見ても普通の少女だ。水色がかった髪と、どこか透き通るような肌はたしかに不思議だが、だからスライムだと言われて納得できるものではない。


 何より、当の本人であるスイですら、自分の身に起きたことを完全に理解しているわけではないのだ。


「それってつまり……どういうこと?」


「あ、あの……はい。よく分からないです」


「そうなんだ。よくある事なの?」


「ええと、多分かなり特別です」


 スイが困ったように笑う。


 先に奥さんやセリナが受け入れてくれていたのがよかったのだろう。店先にいる客たちに、恐怖や嫌悪の色はほとんどなかった。


 むしろ──


「ね、ちょっと。手、触っていい?」


「え? あ、はい。どうぞ……?」


 恐る恐る差し出された手を、若い女性がそっと握る。


「わ、本当だ。少しひんやりしてるかも」


「そ、そうですか?」


「でもそれ以外は普通ね。普通に女の子の手だ」


「ふ、普通ですか?」


 スイが嬉しそうに目を瞬かせる。


 別の客も、興味津々といった様子で覗き込んできた。


「髪も少し透けてるのかい?」

「綺麗な色だねぇ」

「ちょっと撫でてみていい?」


「そ、それはちょっと恥ずかしいかもです」


 いつの間にか、店先は奇妙な和やかさに包まれていた。


 レインは内心、胸を撫で下ろす。


 スライムは、一般的には弱い魔物として知られている。だが、魔物であることに変わりはない。まして人の姿をしているなど、普通なら不気味がられて当然だ。


 なのに、目の前の客たちは怖がるどころか、スイと普通に接してくれている。


 ありがたい。

 ありがたいのだが。


「……なんか、思ってた反応と違うな」


 レインが小さく呟くと、セリナが隣でくすりと笑った。


「いいことじゃないですか」


「それは、まあ」


「少なくとも、うちのお客さんは見る目がありますから。大切なのは“この子が何者か”じゃなくて、“この子がどんな子か”なんだと思いますよ」


 セリナの言葉に、レインは店先へ視線を戻した。


 スイは相変わらず戸惑っている。

 けれど、それ以上に楽しそうだ。


 そのとき、一人の女性客が少し真面目な顔で尋ねた。


「ねぇ。テイマーって、魔物に首輪つけて無理矢理戦わせる人よね?」


 店先の空気が、わずかに固まる。


 女性は悪意で言ったわけではなさそうだった。ただ、一般的な認識として、そう聞いただけなのだろう。


「スイちゃんは、酷い目にあってないの?」


 レインは言葉に詰まった。


 その問いは、避けて通れないものだ。


 普通のテイマーは、魔物を傷つけ、弱らせ、服従させる。首輪をつけ、命令に従わせ、戦わせる。

 レインがそうできなかったからこそ、彼はテイマーとして落ちこぼれた。


 だから、その問いに答える資格は、レインには無い。


 けれどスイは、一瞬の迷いもなく答えた。


「レインさんは、そんなことしません!」


 その声は、普段のスイからは少し想像できないほど、はっきりしていた。


 取り囲んでいた客たちが驚いてスイを見る。


 スイは両手を胸の前で握りしめ、まっすぐ言った。


「酷いことどころか、ひとりぼっちの私に優しくしてくれました。追い出したりしないで、ご飯を分けてくれて、一緒にいてもいいって言ってくれて……名前も、くれました」


 スイの髪先が、かすかに震える。

 そして、真っ直ぐと──


「私、レインさんが好きだから一緒にいるんです!」


 ──店先の空気が、一瞬で色めいた。


 若い女性客が口元を押さえる。


「あら」

「あらまあ」

「へぇぇ」


「いや、そういうのじゃ──」


 レインは慌てて否定しようとした。


 もちろん、スイの言葉にそれ以上の意味はない。

 スイにとっての「好き」は、きっと「優しい」「大事」「一緒にいたい」が全部まっすぐ重なったものだ。


 分かっている。

 分かっているのだが。


 あれだけ真正面から言われると、どうしたって照れる。


 セリナまで、楽しそうに目を細めていた。


「へえ」

「セリナさんまで変な顔しないでください」

「変な顔なんてしてないですよ。愛の形は自由です」

「だから……違いますって」


 レインは咳払いをして、無理やり話を切り上げることにした。


「ス、スイ。荷下ろしも終わったから、そろそろ帰るぞ」


「あ、はい」


 スイは素直に頷いた。


 まだ周囲の客たちがにこにこと見ているので、レインは少しだけ逃げるような気分で空の籠をまとめる。


 そのときだった。


「あ、ちょっと待っとくれ」


 奥さんが、ふと思い出したように声をかけてきた。


 レインは足を止める。


「はい?」


「あんた、魔物を仲間にできるんだよね?」


 その言葉に、店先の空気がまた少し変わった。


 興味本位ではない。

 奥さんの顔は、先ほどまでよりも少し真剣だった。


 レインは慎重に答える。


「は、はい。……ただ、誰でもというわけにはいかないようですが」


「条件があるのかい?」


「はい、魔物にも意思があるみたいなんです。俺が一方的に従わせるとか、そういうことはできません」


「ふぅん」


 奥さんは、感心したように頷いた。


「で、荷物運びで困ってると?」


「はい」


 少し勿体ぶったように視線をズラすと、内緒話でもするように声を下げた。


「主人が言ってたんだけどね。南の石切場に、ずっと働き続けてる魔物がいるって」


「へ?」


 思わず間の抜けた声が出た。


「石切場、ですか?」


「ああ。街道を南に外れた先に、もう使われてない古い石切場があるんだよ。昔は建材を切り出していたらしいけど、今は誰も近づかない」


「そこに魔物が?」


「なんでも、ずっと石を運んでるそうよ」


 ずっと石を運んでいる。

 その妙な言い回しに、レインは眉をひそめた。


「襲ってくるんですか?」


「近づきすぎると追い払われるとは聞いたね。けど、街道に出てきて暴れたとか、自分から人を襲ったとか、そういう話はない。初めはみんな不気味がってたんだけどね」


 奥さんは、少しだけ声を落とす。


「何だか、だんだん可哀想になってきたとか」


「可哀想……ですか」


「ああ。何年も何年も、休みもせず、同じ場所に石を運び続けてるらしい。雨の日も、風の日もね」


 スイが小さく息を呑んだ。


「何だか、悲しいお話ですね」


 奥さんはレインをじっと見る。


「もちろん、危ないなら無理にとは言わないよ。けど、あんたみたいなテイマーなら、何か分かるかもしれないと思ってね」


「……そう、ですね」


 レインは南の空を見た。


 南の街道の外れ。確かに普段からそんなに人が出入りするような場所ではない。


 そこに、そんな話があったなんて。


 スイが不安そうにレインの袖をつまんだ。


「レインさん……」


「ああ」


 レインは頷いた。


 今すぐどうするとは言い切れない。

 行くなら、慎重に考えて準備も必要だ。


 けれど。


 ひとりで、ずっと石を運び続けている。

 その言葉が、妙に胸に引っかかった。


 レインは奥さんに頭を下げる。


「教えてくれてありがとうございます。何か出来るかは分かりませんが、一度、様子を見に行ってみます」


「そうかい」


 奥さんはほっとしたように笑った。


「気をつけるんだよ。あんたたちに何かあったら、この野菜が食べられなくなるからね」


「そっちの心配ですか」


「農家としては本望だろう」


 店先に笑いが起きる。


 スイも少しだけ表情を緩めた。

 レインは空の籠を背負い直す。


 南の石切場。

 石を運び続ける魔物。


 それはきっと、村に足りないものへの答えかもしれない。そんな気がした。

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