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第36話 立派な働き者

 セリナが街に帰ってから数日が経った頃。

 彼女の店の前は、今日も朝から賑わっていた。


 通りに面した木箱には、野菜や果物が色よく並べられている。店先を行き交う人々は足を止め、品物を手に取り、セリナや手伝いの店員と二言三言やり取りをしては、籠に野菜を入れていく。


 その少し離れた場所で、レインは荷台から麻袋を下ろしていた。


「よっと……。すみません、今日も助かりました」

「なあに、気にすんな。どうせ街に戻る通り道だった」


 荷馬車の御者台で、馴染みになりつつある例の中年の男が笑う。

 レインが野菜の出荷を始めたと聞いて村に寄ってくれたのだ。助かったのは事実だが、甘えてばかりはいられない。


 今日はレインとスイの二人で、持てるだけの野菜を抱えてきた。とはいえ、畑で採れた量からすればほんの一部だ。スイも小さな両腕いっぱいに籠を抱えているが、それでも村に残してきた分の方がはるかに多い。


「レインさん、こっちはどこに置きますか?」

「ああ、店の邪魔にならないように、ひとまず壁際に──」


 荷物を下ろしていると、ふと人影が近付いてきた。


「……おや。あんたがもしかして、スイちゃんかい?」

「は、はいっ?」


 突然声をかけられ、スイがびくっと肩を震わせた。


 見ると、店先にいた恰幅のいい奥さんが、にこにことした顔でスイを覗き込んでいる。丸い頬に、人懐っこい笑み。いかにも井戸端会議を取り仕切っていそうな、妙な迫力と温かさを兼ね備えた人だった。


 スイは籠を抱えたまま、戸惑ったようにレインを見る。


「えっと、あの……私を、ご存じなんですか?」

「ご存じも何も、あんたのところの野菜には世話になってるからねぇ」


 奥さんがそう言うと、店先に居たセリナが客の引いた隙に駆け寄ってきた。


「ごめんなさい、待たせて。けど、ちょうどよかった」

「セリナさん!」


 スイの顔が綻ぶ。

 セリナは手拭いで汗を拭うと、スイの頭を優しく撫でてくれた。


「その方、うちのお得意さんなんです。スイちゃんたちの野菜を、いつも買ってくれてるのよ」

「えっ!?」


 スイの目がぱっと丸くなる。


 それから慌てて籠を地面に置き、両手をそろえて大きく頭を下げた。


「あ、ありがとうございます!」

「あらま」


 奥さんは目を細め、嬉しそうに笑った。


「セリナちゃんに聞いた通り、本当にいい子だねぇ」

「ええ。他の子たちもみんな良い子ですよ」


 セリナが当たり前のように言う。


 その言葉に、スイは嬉しそうに頬を赤らめた。髪の先が、かすかにぷるぷると震えている。


「あの。もしかして、スイたちのこと……」


 レインが口を開きかけると、奥さんは「ああ」と先に頷いた。


「あんたがレインさんかい? 聞いてるよ。この子たちの秘密もね」

「えっ」


 レインは思わずセリナを見る。

 セリナは悪びれもせず肩をすくめた。


「もちろん、信用できる人にしか話してないですよ」

「それは、分かってますけど……」


 レインは奥さんに向き直り、少し声を落とした。


「あの、良いんですか? もちろん、品物の安全とか品質は保証します。変なものは使ってませんし、食べても問題ないのは俺を見てもらえれば──」

「あぁ、そんなの分かってるよ」


 奥さんは、からりと笑ってレインの言葉を遮った。


「何年主婦やってると思ってんの。野菜の良し悪しくらい、物を見れば分かるわよ」


 そう言って、奥さんはレインの持ってきた野菜を一つ手に取る。


 葉の張りを確かめ、茎の切り口を見て、土の匂いを嗅ぐ。その仕草は大雑把なようでいて、妙に手慣れていた。


「最近はねぇ、何だか変な薬品やら何やら使って、虫すら食べないような野菜を作ってるところも多いみたいだけどね。見た目だけ綺麗で、香りも味も薄いのなんのって。あんなのをありがたがって高く売るんだから、まったく世の中どうかしてるよ」


「は、はあ……」


「その点、あんた達の野菜はいいよ。葉に力がある。土の匂いも自然だ。切った時の水気もいい。何より、煮ても焼いても味がぼやけない。子どもに食べさせても安心できる野菜ってのは、こういうのを言うんだよ」


「な、なるほど……」


 おばちゃんの勢いに、レインは完全に押されていた。


 一方でスイは、真剣そのものの顔でうんうんと頷いている。


「土の匂いに、切った時の水気。煮たり焼いた時の味……が大事なんですね」


 どうやら奥さんの長話を、ありがたい教えとして受け取っているらしい。


 その素直すぎる反応に、奥さんはまた笑った。


「ああ、本当にいい子だねぇ。セリナちゃん、やっぱりこの子たちの野菜、もっと出せないのかい?」


「私ももっと売りたいんですけど、物流面がまだ整ってなくて」


 セリナが商人の顔になって答える。


「そうかい。残念だね。この出来なら、仕入れ分即完売も間違いないと思うけどね」


 奥さんがそう言ったのをきっかけに、周りで様子を見ていた客たちが少しずつ寄ってきた。


「何だい、そんなにいい野菜なのか?」

「そりゃ気になるねぇ。こっちにも少し売ってくれよ」

「うちの子、最近野菜を残すんだよ。味がいいなら試してみたいね」


 あっという間に、店先の空気がざわつき始める。


 レインは思わず一歩引いた。生活の足しに多少でもなれば良いと思ってた野菜に、こんなふうに人が集まってくる光景など想像もしていなかった。


 スイはさらに慌てている。


「あ、あの、その。私たちの野菜、ちょっと特別で」


「いいんです、スイちゃん」


 セリナが穏やかに言ってから、集まった客たちに向き直る。


「確かにこの野菜、品質は間違いありません。それは私も保証します。どうしても欲しいと言ってくれる人には少しだけお分けします。ただ、条件があります」


「何だい、そんな改まって」

「勿体ぶらなくてもいいじゃない」


 客たちは不満げに口を尖らせる。


 すると、最初に話しかけてきた奥さんが、どんと一歩前に出た。


「あんたら、よく聞きなさいよ。大事な話なんだから」


 その一言で、なぜか周囲が少し静かになった。

 奥さんは腰に手を当て、集まった客たちを順に睨む。


「秘密は絶対守れるんだろうね?」


「え、秘密?」

「何だい、そんな大げさな」

「野菜の話だろ?」


「違うね、信条の話さ」


 奥さんはぴしゃりと言った。


「ここの畑の野菜が欲しいなら、今からセリナちゃんが説明する事をちゃんと聞くこと。聞いた上で買う、買わないは好きにすればいい。けど、聞いた話は他言無用。それが条件さね」


 客たちは迷うように視線を巡らせた。


 どうやら、この奥さんはこの辺りでかなり発言力があるらしい。


 セリナが苦笑する。


「すいません」


「いいんだよ。うちはこの野菜、気に入ってるんだから。客が増えれば仕入れ量も増やさざるおえないでしょ」


 奥さんはふんと鼻を鳴らし、それからレインたちに向き直った。


「そういうわけだから、安心しな。少なくともここにいる連中は、余計なことを言わない。言ったらあたしがただじゃおかないから」


「は、はい……ありがとうございます」


 レインは頭を下げる。


 だが、内心では少しだけ苦笑していた。

 野菜を売りに来ただけのはずなのに、妙に物々しい話になっている。


「セリナさん、すいません」


 思わず呟くと、セリナが横で小さく笑った。


「攻めの商売に多少のリスクはつきものです。大丈夫ですよ、うちのお客さん、みんな良い人ですから」


「……助かります」


 店先では、さっそくスイが人々に囲まれて質問に答えている。


「へぇ、スイちゃんも畑、手伝ってるのかい?」


「はい。私はお水を運んだり、リーファさんのお手伝いだけですけど」


「それが大事なんだよ。台所も畑も、水が悪けりゃ何もかも駄目になるからね」


「そ、そうなんですか?」


「そうさ。水回りを任される子は、立派な働き者だよ」


 スイの顔が、ぱあっと明るくなる。


「レインさん」


「ん?」


「私、立派な働き者だそうです」


「ああ。そうだな」


「えへへ……」


 スイは嬉しそうに笑い、髪の先をふるふると揺らした。


 その様子を見ていた客たちも、自然と頬を緩める。


 レインは、胸の奥が少し軽くなるのを感じた。


 こうして品物を見て、話を聞いて、人柄を見てくれる人達がいる。

 それは、村の外とつながるための、小さくても確かな一歩だった。


 あとは……。

 レインは、店先に置かれた野菜の籠を見下ろす。


「運ぶ方法だけだな」


 その現実だけは、店先の賑わいの中でも変わらず、重くそこに残っていた。

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ルゥも同じ行動取りそう https://youtube.com/shorts/ikNWB9jz7Hw?si=9LkAiID4NkWJwJss
ルゥにフリスピーや棒みたいの投げたら、取りに行ってくれるのかな、取りに行って戻った後、私は犬じゃないと、言ったりするのか…
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