第34話 調味料って偉大だ
その日の夕飯は、少し特別だった。
「今日は私が作ります」
日が傾き始めた頃、セリナがそう言い出したのだ。
「いや、客にやらせるわけには……」
「気にしないでください。私としても野菜の味を確かめれる良い機会ですし。それに、せっかくなので色々と持ってきた物もあるので」
そう言ってセリナが荷物から取り出したのは、街で用意してきたらしい調味料の小袋や干し肉だった。
塩。乾燥した香草。油。干し肉や干した海藻。どれも豪華なものではない。けれど、今のレインたちにとっては、目を疑うくらいの“ごちそうの種”だった。
「おぉ……」
思わず声を漏らしたのはレインだった。
「そ、そんな大した物はないですよ」
「いや、だって……塩にハーブだぞ」
「ただの一般的な調味料ですよ」
セリナは笑ったが、スイはその横できらきらした目をしていた。
「美味しいご飯になりそうですう」
リーファも腕を組んだままそわそわしている。
「ま、まぁ。素材は良いんだから。どんな調理しても美味しいのは間違いないわよ」
「楽しみです」
「てか、スイ、あんたほんとに味分かるの!?」
「分かりますよ! 美味しいと、凄く美味しいの違いくらいは」
「……その二種類しかないの?」
セリナは道具が十分とは言えない簡易キッチンで、手際よく料理をこなしていく。
簡単な煮込みと焼いた野菜、それに干し肉を細かくほぐして混ぜた温かい一皿が食卓に並んだ。
豪華ではない。
けれど一口食べた瞬間、レインは思わず目を閉じた。
「……うまい」
味が、ある。
香草の風味がある。
油の香りがある。
ただそれだけのことなのに、いつもの食事とは比べものにならなかった。
「おいしいです……!」
スイは感動してプルプルと震えている。
「なんですかこれ、野菜なのに、いつもの野菜じゃないです……!」
「喜んでもらえて幸いです。沢山食べてくださいね」
「いいんですか!? 畑丸々食べられる気がします!」
「それは……ちょっと」
リーファも口いっぱいに頬張ったまま、むぐむぐと頷く。
「……っ、まあ、その、悪くないわね。素材の味がちゃんと生きてるわ」
「御託はいいから、黙って食え。むせるぞ」
「うるさいわね!」
ルゥも珍しく食べる手が少し早い。
「……これ、いい」
セリナはそんな皆の反応を見て、少し照れたように笑った。
「そんなに喜ばれると、作った甲斐がありますね」
レインはしみじみと思う。
調味料って偉大だ。
◇ ◇ ◇
夜。
食後の片づけを終えて、みんながそれぞれ寝支度を始めても、スイだけはなかなか落ち着かなかった。
「セリナさん、街にお店ってどれくらいあるんですか!?」
「うーん、正確には分からないけれど、露店も含めたら百は軽く超えると思いますよ」
「食べ物以外のお店もあるんですよね?」
「もちろん。雑貨や洋服のお店、武器とか冒険道具のお店、魔法店もあるし、それこそ何でも揃うわよ」
「わぁ……。でもお店がそんなにあると選ぶのに困りませんか?」
「そうね。だからこそ私たち商人は、お客さんに選んで貰えるようなお店づくりが大切なの」
セリナも嫌な顔ひとつせず、楽しそうに答えている。
明るめにともされたランタンの明かりの下で、街の通りや店先の様子を身振りつきで説明する顔は、昼間の商売人の顔とはまた少し違って見えた。
「それとですね、それとですね」
「スイ、落ち着け。質問が多い」
レインが苦笑して止めても、スイは止まらない。
「だって、街のお話って面白いです……!」
「面白いのは分かるけど、セリナさんも疲れてるだろ」
「いえ、大丈夫ですよ」
「セリナさん、優しい……!」
ますます勢いづくスイの横で、リーファがついに額を押さえた。
「ちょっとあんた、いい加減にしなさいよ。明日も朝から畑なんだから」
「でも、もう少しだけ……」
「だめ」
「えぇ……」
「寝なさい!」
ぴしゃりと言われて、スイはしゅんと肩を落とした。
それでも最後にもう一度だけセリナへ向き直る。
「……また明日、お話してくれますか?」
「ええ。もちろん」
「やった……」
ようやく満足したのか、スイは自分の寝床へもそもそと潜り込んだ。
ルゥはとっくに寝ている。
いつの間にか壁際で丸くなって目を閉じ寝息を立てている。耳だけは相変わらず時々動いているので、完全に眠ってはいないのだろうが、少なくとも会話に参加する気は最初からなかったらしい。
レインはそんな皆の様子を見回してから、最後にランタンへ手を伸ばした。
小さな灯りが揺れる。
今日はいつもより、ずっと賑やかで、温かい夜だった。
火を落とすと、部屋はゆっくりと暗闇に沈んでいく。
夜の静寂の中、寝息と、衣擦れと、外を渡る風の音が、誰かと一緒に暮らしている夜の気配としてそこに残っていた。




