第33話 壁と屋根はあります
それから数日後。
約束通り、セリナは本当に村へやってきた。
街道をゆっくり進んでくる乗合馬車の荷台から姿を見つけたとき、レインは少しだけ本気で感心した。
口ではそう言っていても、やはり来ないかもしれないと思っていたのだ。
「セリナさんです! 来ました!」
スイが、ぱっと顔を明るくする。
その声に反応して、リーファも腕を組んだまま街道の向こうを見た。
「ほんとに来たのね……」
「セリナ、嘘つかないタイプ」
ルゥだけは相変わらず冷静だ。
やがて馬車が止まり、荷台から降りてきたセリナがこちらに気づいて軽く手を振る。
「すいません、出迎えに来て頂いて」
「いえ。こっちこそ、わざわざありがとうございます」
「いえいえ。言い出したのは私ですから」
そう言いながら笑ったセリナの足元には、布袋や小さな木箱がいくつか置かれていた。数日泊まり込むとなれば、それなりに荷物も増えるのだろう。
「持ちます!」
真っ先に飛び出したのはスイだった。
張り切った声と一緒に、ひょいと布袋を抱え上げる。
「お、おい。無理して落とすなよ」
「大丈夫です。これくらいなら、私でも持てます」
そういえば、いつの間にかスイの二足歩行も、全く危なげなくなっていた。
レインも残りの荷を持ち上げる。干し肉や小麦粉、調味料らしき袋、包みに入った細々した生活用品。街からわざわざ持ってきてくれたのだろうと思うと、少しだけ申し訳ない気持ちにもなった。
「すみません。うちに何も無いばっかりに」
「いえ、必要最低限の物だけですから。それに──」
セリナはレインたちを見回し、少しだけ口元を緩めた。
「久しぶりに小さな旅にでも出たみたいで、少し楽しみなんです」
その言葉に、スイが嬉しそうに頷く。
「はいっ。旅のお宿として精一杯おもてなしします!」
「何ももてなせる物は無いけどな……」
「か、壁と屋根はあります!」
「それは……ほんと、精一杯だな」
レインが苦笑すると、セリナもくすっと笑った。
◇ ◇ ◇
道すがら、セリナは何度も周囲を見回していた。
草だらけの道、崩れた柵や壁、屋根の落ちた家。
そして、寝泊まりに使っている家へ案内したところで、セリナはとうとう苦笑を浮かべた。
「……うん。改めて見ると、なかなかですね」
「ですよね……」
レインも否定はできない。
外壁はところどころ傷み、屋根も雨漏りだ。雨風をしのげるだけまし、という段階をようやく抜けつつある程度だ。まともな家、と胸を張るにはだいぶ遠い。
けれど、それでも前よりはずっとマシになっている。
周りの家から廃材を集め、継ぎはぎだらけだけれど少しずつ補修はしてきた。床板を打ち、壁の隙間を塞ぎ、どうにか家と呼べるところまで持ってきた。
何より、今日はそこに、セリナの分の寝床と呼べるものまで用意してある。
「……あ」
セリナが、部屋の隅に整えられた寝床へ気づく。
木箱を並べて高さを揃え、その上に板を渡し、布と毛布を敷いた簡易のものだ。立派とは言えない。だが、少なくとも“床にそのまま”ではない。
「ここが、セリナさんの寝る場所です!」
スイが誇らしげに胸を張る。
「みんなで作りました」
セリナはその寝床をしばらく見つめ、それからふっと表情を和らげた。
「……ありがとうございます。十分です」
「それは、よかった」
正直、社交辞令半分だろうと思ったが、それでも露骨に困った顔をされるよりはずっとありがたかった。
「それじゃ」
荷物を置いたセリナが、袖を軽くまくる。
「さっそく、畑仕事といきますか」
「え、少し休まないんですか?」
レインは思わず目を瞬かせた。
「というか、手伝ってくれるんですか?」
「遊びに来たわけじゃないですから」
セリナは当然のように言う。
「それに、食べる分くらいは働きますよ」
その返しに、レインは思わず笑ってしまった。
「それは、助かりますけど」
「こう見えて、結構慣れてるんですよ、土仕事」
商人なのだから、てっきり畑仕事は見学に徹するのかと思っていた。だが、どうやら、彼女はそういう性格ではないらしい。
◇ ◇ ◇
畑へ出ると、セリナはすぐに表情を引き締めた。
「私は何をすればいいですか?」
「じゃあ、まずこっちの草取りを……」
レインが説明するより早く、リーファが割って入る。
「ちょっと、そこはもういいわよ。それより、こっちの収穫、手伝って貰える?」
「え、あ、はい」
「あとその列は水あげたばっかでぬかるむから、あんまり踏み込みすぎないで」
「はい」
セリナが少しだけたじろぐ。
レインは内心で苦笑した。
リーファは畑に関してだけは容赦がない。本人に悪気はないのだが、初見の相手だとだいぶ圧が強い。
けれど、作業を初めてしばらくすると、セリナもそれが本気の証だと分かったのか、素直に指示を聞き始めた。
その横でスイは、水を汲んで運び……例のごとく口から撒き散らしていく。
「──えっ!?」
セリナの手が止まった。
「だ、大丈夫です! 綺麗な水なんで!」
まさか、この言い訳を自分がする事になるとは。
「スイはスライムなので」
「そ、そうでしたね。スライムって、そんな事も出来るんですか……」
「あ、あまり褒められると照れます」
言われたスイは照れたようにもじもじするが、正直誰も褒めてはいない。
少し離れた木陰では、ルゥが丸くなって目を閉じていた。セリナがそれに気づき、困惑したように指差す。
「あの……ルゥさんは?」
「サボってるように見えるでしょ」
「ええ、まぁ……」
「実際、半分くらい寝てます。でも、ああして周りを警戒してくれてるんです」
「……寝ながらですか?」
「耳、見てみてください」
言われて見ると、人の足音や風の音に合わせて、耳がぴくりぴくりと細かく動いている。
「夜の間も、あいつが一人で周りに気を配ってくれてます」
レインがそう言うと、セリナは少し感心したように呟いた。
「なるほど……番犬、みたいな感じですか」
「番犬、って言うと怒ると思いますけど、まぁ」
「聞こえてる」
目を閉じたまま、ルゥがぼそりと言った。
「あ……」
「起きてたんですね」
「半分だけ」
やっぱり半分寝ていたらしい。




