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第28話 怪しいの、いる

「……」

「……」

「……」


 奮闘虚しく。

 客は、まったく来なかった。


 広場のざわめきは絶えない。人通りもある。

 なのに、レインたちの露店の前だけ、まるでそこに見えない壁でもあるみたいに、客足がするりと流れていく。


 最初のうちは、レインもそれなりに声を張っていた。


「や、野菜どうですかー!」

「採れたてです!」

「味もばっちり!」


 だが、それも最初だけだった。


 返ってくるのは、ちらりと向けられる一瞥か、通り過ぎる背中ばかりだ。

 足を止める者はほとんどいない。止まったとしても、値札と野菜を見比べて、すぐに別の店へ行ってしまう。


 さすがに心が削られた。

 今ではレインも、露店の前に立ったまま黙り込んでいる。


 改めて辺りを見渡せば、理由はすぐに分かった。


 野菜を売っている屋台は他にもいくらでもある。

 しかもどこも品揃えが豊富だった。葉物だけでなく根菜も果実も揃い、在庫量も多く見栄えもする。店構えも慣れていて、客とのやり取りも自然だ。


「こんにちは、いつものをお願い」

「あいよ。奥さん、今日はトマムの実も良いの入ってるよ」

「あら、いいわね。こないだのも家族に評判だったのよ」


 そんな会話が、あちこちから聞こえてくる。


 どうやら客の多くは顔馴染みらしい。

 いつもの店、いつもの売り手、いつもの品。


 初めて来た得体の知れない露店が入り込む隙なんて、そう簡単にはないのだろう。


 商売ってのは、物が良ければそれだけでどうにかなる物ではないらしい。

 レインは、その当たり前を今さら骨身に染みて思い知った。


「……何でよ」


 ぽつりと零したのはリーファだった。

 腕を組んだまま、明らかに納得いっていない顔をしている。


「何で誰も来ないのよ。見れば分かるでしょ、品質なら全然負けてないのに」


「う、うーん……」


 スイが困ったように他の店へ目を向ける。


「でも。他のお店のお野菜も、ちゃんと美味しそうです」


「……売り物だからな。どこも変な物は出さないだろう」


 レインは思わず口を挟んだが、声に覇気はなかった。


「見た目だけの問題じゃないのよ! 味よ、味!」


「それは、まず食べて貰わない事にはな」


「じ、じゃあ試食くらいならさせてあげてもいいけど」


「試食に回すほど、在庫に余裕は無いぞ」


 リーファはむすっと唇を尖らせる。


「だって……納得いかないじゃない。わたし、ちゃんと育てたのに」

「分かってるよ」


 リーファが、珍しく少し弱気な表情を見せた。

 レインの方も、正直、かなりきている。


 なけなしの金を払って場所を借りて、朝から街まで来て、こうして野菜を並べているのに、誰も見向きもしない。物の良さに自信があったぶん、余計に堪える。


 スイがそっと小声で言った。


「も、もしかして私たち……何か変でしょうか」

「変って?」

「その……お店の人らしくないとか……」


 言われて、レインは自分たちを見た。


 よそ行きの服なんてない。

 畑仕事の延長みたいな格好だ。


 リーファは不機嫌だし、ルゥは鋭い目つきで通行人を睨む。スイはスイでずっとオロオロしている。


 客の立場なら、まあ、少し近寄りづらいかもしれない。


「……ちょっと変かもな」

「えぇっ」

「ちょっとどころじゃない気もするけど」


 リーファが嫌そうに言い返す。


「でも、そういうあんたも十分怪しいわよ。今もう死にそうな顔してるし」

「商売なんて、初めてだしな。正直打ちひしがれてる」

「見れば分かるわよ」


 そう言ってから、リーファも少しだけ肩を落とした。


「……はぁ。まさか、さすがにここまで売れないとは思わなかったわね」


 強気な彼女にしては珍しい声だった。


 レインも、さすがに軽口で返す元気もない。


 ……そのときだった。


「レイン」


 少し離れた場所で周囲を見張っていたルゥが、低い声で呼んだ。


「ん?」


 ルゥは広場の外れ、人通りの少ない隅の方を顎で示す。


「怪しいの、いる」

「あんまり物騒なこと言うなよ。……どこ?」


 レインは目を凝らしてそちらを見る。


 そこにいたのは、普通の男だった。


 特に目立つ格好でもない。どこにでもいそうな服装で、歩き方も自然だ。人混みに紛れていて、ぱっと見では何もおかしくない。


 だが、ルゥの視線はその男を外さない。


「……あれ」

「どこが怪しいんだ?」

「目」

「目?」

「獲物探してる目」


 言われた瞬間だった。


 男が、人の流れに紛れるように一歩踏み込む。前を歩いていた若い女性の手籠に、指先だけがするりと伸びた。


 次の瞬間、その中から小さな巾着が抜き取られる。


 あまりにも自然で、一瞬、見間違いかと思うほどだった。明らかに素人の動きじゃない。

 ルゥの狩人の勘に間違いは無かった。

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