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第27話 意地でも売るぞ

 街の広場の一角では、すでに朝市のような賑わいができていた。


 布を敷いただけの小さな店もあれば、組み立て式の台を使った見栄えのいい店もある。野菜、果物、干し肉、籠や布小物、アクセサリー。並んでいるものも様々で、客として見ているだけなら面白い。


 ──見るだけなら、だが。


 受付台の前に立った瞬間、現実に引き戻された。


「出店かい? 場所によって値段は違うよ」


 受付の男は慣れた調子で言いながら、広場を大まかに指した。


「一番良いところは、真ん中に近い人通りのいい列だが、そっちはもう埋まってる」


「あの角は?」


 レインが中央から少し離れた辺りを指差す。


「お、中々良い所選ぶじゃないか。あこは銀貨二枚だ」


 銀貨二枚。


 レインは財布の中身を見て、ほんの一瞬だけ黙った。


 なけなしの金だ。ここで出して、もし今日まったく売れなければ、そのまま目減りするだけになる。


「安い場所って、どこですか」

「安い場所? 値段だけでいうなら、あっちの端だな」


 男が示した先は、広場の賑わいから少し外れた一角だった。人通りが全くないわけではない。だが、中心に比べれば明らかに見劣りする。


 男もそれを分かっているのだろう。少し眉を寄せる。


「正直、あまりおすすめはしない。初めてならなおさらな。値段は銅貨十枚だ」


 リーファが小声で訊いてくる。


「どうするの?」

「……借りるしかないだろ」


 レインは腹をくくって銅貨を差し出した。

 男は受け取ると、どこか気の毒そうに肩をすくめる。


「まあ、場所が悪くても売れるもんは売れる。頑張りな」

「ありがとうございます」


 そう答えながらも、胸の奥は少しだけ重かった。


 ◇ ◇ ◇


 案内された場所に立ってみると、やはりかなり端だった。人通りはある。だが、客がまず目を向けるのは広場の中央に近い目立つ店の方だろう。


「うわ、すっごい端っこ」


 リーファが露骨に顔をしかめる。


「仕方ないだろう。背に腹はかえられない」


「仕方ないけど、もうちょっとこう……やる気の出る場所ってなかったの?」


「文句言うな。うちは商品の質で勝負なんだよ」


 ともかく、借りた以上はやるしかない。


 レインたちは借りてきた空の木箱を下ろし、布を敷き、その上に野菜を並べ始めた。


 リーファが一本一本、葉の向きまで気にしながら並べていく。レインとスイもそれに倣った。


「ちょっと、そこ雑に置かないで。見栄えが大事なのよ」

「分かった分かった」

「あっ、スイ! それ裏返しよ!」

「き、木の実に表とか裏とかあるんですか?」


 一方、ルゥは店づくりそのものにはあまり興味がないらしく、少し離れた場所で周囲を見張っている。

 広場全体を見渡せる位置を無意識に選んで立っているあたり、やはり抜け目がない。


「ルゥ、そんなに警戒しなくても、街の中じゃ魔物も出ないぞ。大丈夫から、こっちで一緒に店の準備やらないか?」

「人いっぱい。魔物よりも人間の方が危険」

「そ、そんな事ないと思うけど……」


 まあ、あいつはあれでいいかと、レインはひとまず割り切った。


 やがて、小さな露店らしき形が整う。


 布の上に、葉物、根菜、少しの果実。

 量は決して多くない。けれど、リーファの育てた野菜は見栄えがよく、スイが仕上げにこそっと水をあげたお陰で瑞々しさも増していた。


 問題は──これが、本当に売れるかどうかだ。


 四人は露店の前に並び、しばらく無言になる。


 近くの店からは、元気な呼び込みの声が聞こえる。


 こちらはというと、四人そろって妙に固まっていた。


「お、お客さん、来ませんね」


 最初に口を開いたのはスイだった。


 その声は小さく、聞いているこちらまでそわそわしてくる。


 対してリーファは、腕を組んでふんと鼻を鳴らす。


「こ、これからよ。一人来れば、後は一瞬よ。もし取り合いになったら困るわね」


「……その自信どこから来るんだ」


「品質に決まってるでしょ。わたしが育てた野菜たちよ」


 胸を張るリーファの横で、スイが少し安心したように笑う。


「たしかに、味もとてもおいしいですし……」

「でしょ」

「でも……だれも来ませんね」

「……」


 その一言で、場がしんとなった。


 レインは小さく咳払いをする。


「ま、まあ、まだ始まったばかりだ。朝はみんな目当ての店に行く時間だし、そのうち──」


「見られてはいる」


 ルゥがぽつりと言った。


「え?」

「人は通る。見て、行く。けど、皆んなすぐ目逸らす」

「……つまり?」

「レインたち、空気」


 ぐさっと来る言い方をする。


 実際、通りすがりの客がこちらをちらりと見ていくことはある。けれど足は止まらない。

 たぶん、無名の露店で、場所も悪い。売ってる物の量も種類も少ない。ぱっと見では印象に残りにくいのだろう。


 レインは胸の奥にじわっと広がる緊張を押し込みながら、露店の前に立ち直した。


 金も払った。野菜も持ってきた。

 なら、あとはやるしかない。


「……よし」


 三人がレインを見る。


「黙って待ってるだけで、すぐうまくいくとは限らない。まずは一個、意地でも売るぞ」


 スイがこくんと頷く。


「はいっ」


 リーファも腕を組んだまま、少しだけ顎を上げた。


「物は確かなんだから!」


 ルゥは淡々と周囲を見たまま、短く言う。


「人は居る」


 その言葉に、レインは小さく頷いた。


「──いらっしゃい! 新鮮な野菜だよ。味は保証する! 見是非てってくれ!」


 いつ以来だうか。

 こんな大声を張り上げたのは。


 恥ずかしさよりも、妙な充実感が先に湧いてくる。


 隣では、スイとリーファも笑顔で道行く人達に手を振っている。

 胸の鼓動だけが、やけに大きく響いていた。

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