第26話 田舎者丸出し
「おじさん、ありがとう!」
「ありがとうございました」
先に馬車から飛び降りたリーファとスイが、御者台の男へ揃って頭を下げる。
年季の入った帽子をかぶった御者は、手綱を軽く引きながら目を細めた。
「ははっ、素直な娘さんたちだな。頑張れよ、パパ」
その言葉に、荷を抱えたレインは一瞬だけ固まった。
「……違います」
「照れるな照れるな」
「いや、本当に違うんですけど」
御者のおじさんはからからと笑い、馬車の縁をぱんと叩く。
「まあ何でもいいさ。慣れねえ街で困ったら、大通りの詰所にでも駆け込め。変なのに絡まれるなよ」
「ありがとうございます」
結局、完全には否定しきれないまま、レインは苦笑して頭を下げた。
その横でスイが不思議そうに首をかしげる。
「ぱぱ……ですか?」
「気にしなくていい」
「でも、レインさんはお父さんでは──」
「気にしなくていい」
少しだけ強めに言うと、スイは「は、はい」と素直に引っ込んだ。
一方で、リーファは肩を震わせていた。
「……ふ、ふふっ」
「笑うな」
「だって、似合わなすぎるんだもの。あんたが父親って」
「お前な……」
そこへ、馬車の荷台から現れたルゥが真顔で言った。
「ルゥは、違うと思う」
「だよな」
「パパじゃない。ボス」
「なぁ、ずっとボスでいくのか……?」
慰めなのか何なのか分からない言葉に、レインはますます複雑な気分になった。
そんな四人を残して、乗合馬車はごとごとと音を立てて去っていく。
残されたのは、街の入口へ続く石畳と、朝から人の気配に満ちた空気だった。
◇ ◇ ◇
「……わぁ……」
スイが、ぽかんと口を開けた。
街道沿いの小さな集落とはまるで違う。
視界の先まで建物が並び、行き交う人の数も桁違いだ。
荷車を引く商人。桶を抱えた女。声を張り上げて客を呼ぶ露店。鎧姿の衛兵。
いくつもの匂いと音が混ざり合って、廃村での静かな朝とは別の世界みたいだった。
「すごいです……人がいっぱいです……!」
スイはきらきらした目で辺りを見回している。あっちの店、こっちの屋台、と視線が忙しなく飛び回っていて、今にもふらふら歩き出しそうだ。
「あんた、きょろきょろしすぎ。田舎者丸出しじゃない」
そう言ったリーファも、負けず劣らず街並みを見回していた。
露店に積まれた果物。店先に吊られた布。通りを歩く人の服装。視線があちこちへ泳いでいる。
「お前も十分きょろきょろしてるぞ」
「してないわよ」
言いながら、リーファはぴしっと背筋を伸ばした。背中の鉢が少し揺れる。宿木の鉢植えを担いできたのだ。
宿木は、彼女にとってただの荷物ではない。離れすぎれば力が落ちるどころか、最悪、命にも関わる。だからこうして、外へ出るときは背負って運ぶしかなかった。
本人は気軽に「別に、担いで持っていけばいいだけでしょ」と言い切ったが、実際、こうして背負って歩いている姿は健気でもあり、少しだけ物々しくもある。
「いい? こういう時は落ち着いて、堂々としてればいいの。わたしたちは別に何もおかしなことしてないんだから」
「はい……っ」
スイは素直に頷いたものの、次の瞬間にはまた通りの向こうへ目を向けていた。
「あ、見てくださいレインさん。あれ、食べ物のお店でしょうか。いい匂いがします……」
「するな……」
焼きたてらしい香ばしい匂いが風に乗ってきて、レインは思わず喉を鳴らしそうになる。
その横で、ルゥは三人とは違う意味で辺りを見ていた。
通りの角、路地の入口、荷車の陰、建物の屋根の上。危険のありそうな場所と、万一の避難経路を順に確認している。耳はせわしなく動き、鼻先もわずかにひくついていた。
「……人、多い。凄い音」
「大丈夫か?」
「うるさい。匂いも多い」
「無理そうなら、少し休むか?」
「平気。少しすれば慣れる」
短く答えながらも、ルゥはレインの少し後ろ、何かあればすぐ動ける位置を保っていた。
さすが、うちの唯一の専任戦闘員。頼りになる用心棒だ。
レインは荷籠を抱え直しながら三人を見回した。
「はぐれるなよ。特にスイ」
「は、はい……何で私ですか?」
「他は自力でも何とかなりそうだから」
「それ、褒めてるつもり?」
「半分くらいは」
リーファはむっとしたが、どこか機嫌は悪くなさそうだった。
初めての街だ。緊張もしているだろうが、それ以上に好奇心の方が勝っているのかもしれない。
けれど今日は観光ではない。
きちんと金を稼がなければならないのだ。
「行くぞ。まずはバザーの受付だ」




