第21話 その夜、事件は起きた
リーファの魔法と、レインとスイの手入れのおかげで、畑は少しずつ安定してきていた。
普通なら、種を植えてから芽が出て、育ち、実をつけるまでには何か月もかかる。
だが、そこはやはりリーファの力が大きい。
彼女が魔力を通した土は驚くほど成長が良く、早いものでは数日で収穫できるところまで育ってしまう。
家の裏にある納屋を漁ってみると、幸い、まだ使えそうな種がいくつも見つかった。
この家は元農家か何かだったのだろう。
勝手に使うことへの後ろめたさはあった。
だが、このまま干からびさせるくらいなら、きちんと育てた方がまだいい。そう考えて、有り難く使わせてもらうことにした。
ただし、問題もある。
古びた袋に入ったそれらの種は、何の種か書かれていないものが多かった。
しかも見た目だけでは、まるで判別がつかない。
「で、結局これ、何の種だったんだ」
「……唐辛子ね」
「唐辛子ばっかりこんなに作って、どうすんだよ」
畑一面に実った唐辛子を前に、レインとリーファがそろって肩を落とす。
「唐辛子も美味しいですよ。生でも焼いてもいけます」
「いや、お前の味覚で語られても困る」
にこにこと唐辛子を摘まむスイを見て、二人はそろってため息をついた。
どうやらスライムというのは、魔物の中でもかなり悪食な部類らしい。
他にも畑には、正体不明の野菜がいくつも育っていた。
葉だけ見ればただの菜っ葉だし、土の中に実るものにいたっては、掘り返してみるまで何なのか分からない。
育つのが早いのは助かるが、収穫のたびにちょっとした賭けになっている。
それでも何にせよ、最低限の食料の心配はかなり薄くなった。
◇ ◇ ◇
「今日のお野菜も美味しいですね」
夕食の席で、スイが嬉しそうに頬を緩める。
「ああ」
レインも頷きながら、煮込んだ野菜を口に運ぶ。
「……何よ。あんた、なんか元気ないわね」
向かいに座るリーファが、じとっとした目を向けてきた。
「いや。別に文句があるわけじゃないんだが」
レインは少し言いづらそうに箸を止める。
「栄養のバランスを考えるとな」
「ああ……」
スイが小さく、納得したような声を漏らした。
口には出さなかったが、要するに──野菜に飽きてきたのだ。
もちろん野菜は大事だ。
腹は膨れるし、体にもいい。
だが、それだけでは限界がある。
肉も欲しい。魚も欲しい。できればパンも食べたい。味付けだって、そろそろ変化がほしい。
今さらながら、この村だけでいきなり自給自足を完結させるのは、さすがに無理があった。
「さすがに、外とのやり取りは避けて通れないか」
「物々交換……とかですか?」
「うちには野菜しかないわよ。まあ、品質には自信あるけど」
リーファの言う通り、畑で採れる野菜はどれも驚くほど味がいい。
それだけは確かだった。
「とはいえ、街に運ぶ足がないな」
「あ、たまに遠くの道を通る馬車の人がいませんか?」
「ああ。行商の馬車か。売れなくはないだろうけど、こっちが困ってると分かれば足元を見られる」
レインは小さく息をつく。
「やっぱり、自分たちで街に出るのが一番だな」
畑が回り始めても、それだけでは塩も油も金具も手に入らない。
必要なのは収入だ。
そして、街との行き来をするための足もいる。
レインは椀の中を見つめながら、ぼんやりと考えた。
食料が安定してきたとはいえ、この村で暮らしていくにはまだまだ何もかも足りない。
村の守りも、物流も、外との交渉も必要になる。
「生きるって、大変だな」
そんな当たり前のことを、レインは改めて実感していた。
◇ ◇ ◇
グレーウルフは相変わらずだった。
昼間は畑の端や家のそばで、のんきに丸くなって寝ている。
こちらが近くを通っても、片耳を動かす程度だ。
けれど夜になると、きちんと周囲を警戒しているらしい。
朝になると、畑の外周には新しい足跡がいくつも残っていることがあった。
「ほんと、昼間はただの怠け者みたいなのにね」
「私たちも夜は寝てますし、同じようなものでは?」
「それは怠けてるんじゃなくて、睡眠と休息よ」
「昼と夜が逆なだけじゃないですかね?」
「……まあ、確かに」
遠目にグレーウルフを見ながら、リーファが肩をすくめる。
近づこうとはしないものの、最近は以前ほど邪険にしなくなっていた。
畑を守ってくれていることには、一応感謝しているらしい。
その一方で、スイは少しずつ慣れてきたようだった。
「よしよし……」
しゃがみ込んで、恐る恐る耳の下を撫でる。
最初の頃は嫌そうに顔を背けていたグレーウルフも、最近では気分次第でされるがままになっている。
「へへ……今日は機嫌がいいみたいです」
「分かるの?」
「何となくです」
「あっそ」
素っ気なく返すリーファに、レインは少し笑った。
同じ魔物同士だからなのか。
あるいは、スイの距離感がちょうどいいのか。
理由は分からない。
だが少なくとも、二匹の相性は悪くないらしかった。
そんな日が、数日続いた。
穏やかで、忙しくて、少しずつ生活が形になっていく日々。
けれど──その夜、事件は起きた。
静まり返った夜気を裂くように、低く鋭い唸り声が響く。
グレーウルフの声だ。
「な、なに!?」
リーファが跳ね起きた。
眠気の残るスイも、びくりと体を震わせる。
レインはすでに身を起こしていた。
耳を澄ませる。確かに、畑の方が騒がしい。
「……畑の方だ。行くぞ」
嫌な予感がした。
腰に短剣を差し込み、レインは家を飛び出す。
その背を、スイとリーファが慌てて追った。




