第20話 頼もしい見張りだ
翌朝。
「昨日は大変でしたね……」
「ほんとよ。畑の敵なんて、せいぜい虫とか鳥くらいだと思ってたのに」
「作物を育てるって、思ったより命がけなんだな……」
朝の食卓で、三人はそれぞれ昨夜の出来事を振り返っていた。
並ぶのは、相変わらず質素な朝食だ。
けれど、こうして三人で囲む食卓は、少しずつ“暮らし”らしくなってきている。
レインは手にした木の器を置き、小さく息をついた。
「でも、少し分かったことがある」
「何が?」
リーファが眉を上げる。
スイも、椀を両手で持ったままレインを見た。
「俺の力についてだ」
昨夜のことを思い返す。
あのコボルトたち。
小鬼族は人間に近い知能もあり、言葉めいたものまで使う。だが、あいつらはスイやリーファのときのような変化は、欠片もなかった。
「どんな魔物でも人の姿にして、仲間にできるわけじゃないらしい」
「……確かに。コボルトもグレーウルフも駄目だったものね」
「あぁ」
レインは頷く。
「普通のテイマーみたいに、相手を屈服させて無理矢理従わせる力じゃないんだと思う。たぶん……人間と一緒にいたいとか、こっちを受け入れる気持ちが相手にないと駄目なんだろうな」
あのコボルトたちには、そんなものは一切なかった。あったのは、奪うことと荒らすことの悪意だけだ。
「なるほど……」
スイがこくこくと頷く。
「つまり、レインさんの力は、仲良しじゃないと駄目なんですね」
「ざっくり言うと、そういうことかもな」
するとスイが、ふと思い出したように首を傾げた。
「あれ。でも、リーファ様って人間嫌いって大声で言ってましたよね?」
「ぶっ──」
リーファが思いきり咳き込んだ。
「ちょ、ちょっとあんたね……!」
「えっ、違うんですか?」
「ち、違わないけど! ……済んだ話は別にいいでしょ!」
顔を赤くして食ってかかるリーファに、スイがきょとんとする。
「というか、何で様付けなのよ」
「えっ。だって、さんも駄目、ちゃんも駄目って……」
「はぁ……もう、リーファでいいわよ」
リーファは呆れたように、そっぽを向いた。
「分かりました、リーファ様」
「全然分かってないじゃない!」
「えっ」
「様はいらないの!」
「む、難しいです……」
「難しくないわよ!」
ぴしゃりと言い返すリーファを見て、レインは思わず笑った。
◇ ◇ ◇
そんな話をしながら朝食を終え、三人はいつものように畑へ向かった。
「それにしても、あの狼さん……大丈夫でしょうか」
道すがら、スイが少し不安そうに呟く。
「どうだかな」
レインは前を見たまま答える。
「本来、グレーウルフは群れで動く魔物だ。あいつは人間に使役されてたみたいだし、群れからも長く離れてるだろうな」
「じゃあ、一匹で生きていくしかないって事ですか……?」
「あぁ。正直、簡単じゃないと思う」
治療したとはいえ、怪我もまだ万全じゃないはずだ。しかも、あの若い個体なら、なおさら生きていくのは難しい。
助けたからといって、その先までどうにかできるわけじゃない。
それが現実だった。
少し複雑な気持ちを引きずったまま、畑へ辿り着いた。
「……って、めっちゃいるわね」
リーファが、げんなりした声を出した。
「ん?」
視線の先を追って、レインも足を止める。
畑の脇。
柵のそばの土の上で……銀灰色の獣がのんきに丸くなっていた。
見るからに、昨晩のグレーウルフだ。
しかも、こちらに気づくと片目だけうっすら開けて──大きな欠伸をひとつした。
「……お前、普通にいるのかよ」
拍子抜けした声が漏れる。
昨夜の別れは何だったのかと言いたくなるくらい、当たり前の顔でそこにいた。
「お言葉に甘えて、ってやつかしら……」
「図々しいですね……でも、ちょっと可愛いです」
「可愛いで済ませていい相手じゃないんだけどな」
とはいえ、追い払う気にはなれなかった。
グレーウルフは畑を荒らす様子もなく、ただ柵の横でのんびり寝息を立てている。
耳だけはぴんと立っていて、周囲への警戒は怠っていない。
「はは。いいんじゃないか。頼もしい見張りだ」
レインがそう言うと、リーファはむっとした顔をした。
「野菜を勝手に食べる見張りなんて、聞いたことないわよ」
「少しくらいならいいだろ。実際、守ってくれてるんだし。またコボルトに荒らされるよりは全然マシだろ」
「……まぁ、それはそうね」
不承不承、といった様子ではあったが、リーファも渋々承諾したようだ。
◇ ◇ ◇
その日から、グレーウルフはたまに姿を見せるようになった。
いや、“たまに”というより、かなりの頻度でいた。
畑の端。池の側。少し離れた岩の上。
場所は違っても、だいたいいつも視界のどこかに銀灰色の毛並みがある。
たまに畑の側にじっと座り込んでは、リーファに「分かったわよ! 少しだけよ」と文句を言われながらも、野菜をもらって食べていた。
──あれ以来コボルトは一度も来ていない。
畑は順調だ。
リーファの力もあって、傷んでいた作物も持ち直し、少しずつだが安定して収穫できるようになってきた。
誰が守ってくれているのかは、言うまでもない。
「なんだ、今日も来たのか」
家へ道具を取りに戻っていたレインは、畑へ戻るなり声をかけた。
グレーウルフは柵のそばに伏せていた。
呼びかけられても、ぴくりと耳を動かしただけで、慌てる様子もない。
それどころか、気にしたふうもなく欠伸をひとつ漏らす。
「……ずいぶん馴染んだわね」
「居心地良さそうです」
「ああ」
レインは小さく頷く。
まだ近づけば唸ることもある。
けれど、逃げないし、襲ってくる気配も無い。
ここが気に入ったのだ。
それだけで、少し嬉しかった。
グレーウルフはそんなレインの気持ちなど知るはずもなく、再び目を閉じる。
まるで、安心できる寝床が手に入ったと言わんばかりに。




