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第2話 そのときは、諦めます

 荷台はがたごとと遠慮なく揺れた。


 街道とは名ばかりの土道は、ところどころに石が転がり、昨日の雨でも残っていたのか、車輪がぬかるみに取られて大きく跳ねることもある。荷台の隅に腰を下ろしたレインは、背負い袋を抱え直しながら、小さく息を吐いた。


 街を出てから、もう半日近くになる。

 日は徐々に傾きかけてきた。


 道連れになったのは、荷を運ぶために近隣の村を巡っているらしい小柄な御者の老人だった。道を歩いていたところ、声をかけられ、空いている荷台に乗せてもらったのだ。


「そういや兄ちゃん、仕事は? 冒険者って言ったかい?」


 前方から、のんびりした声が飛んでくる。


 レインは少し間を置いてから答えた。


「冒険者……だった、かな」


 自分で言っていて、ずいぶん曖昧な返事だと思った。


 御者は振り返りこそしなかったが、軽く笑った気配がした。


「だった、かい。そりゃまた歯切れが悪いねぇ」

「まあ……色々あって」

「難しい職業だからねぇ、冒険者ってのは」


 難しい職業。


 その言い方が、少しだけ胸に引っかかった。


 レインは視線を落とす。

 荷台に積まれた木箱の角には、乾いた泥がこびりついていた。こうして一緒に揺られていると、自分もどこかへ運ばれていく安荷のような気分だった。


「向いてないらしいんです」


 口をついて出た言葉に、自分でも少し驚いた。


「へぇ?」

「田舎の方で畑でも耕すさって言ったら、その方が絶対に似合うって」


 冗談のつもりで言ったのだが、声は思いのほか乾いていた。


 御者はしばらく黙って、それから穏やかに言った。


「畑を耕すのも、立派な仕事だよ」

「そうですね」

「食いもんを作れる奴は強い。魔物を倒すのとは違う意味でね」


 レインは曖昧に笑った。


 自分が本当に畑を耕せるのかは分からない。そもそも、こんな冒険者崩れに畑を貸してくれる村があるかどうか。


 ただ、街に残る選択肢はもう無かった。

 そう思いたくて、こうして荷台に揺られている。


 吹き込んでくる風はまだ少し冷たいが、熱気と酒の匂いが混じった街の空気よりは、よほど息がしやすかった。


 ……


 しばらくして、道の先にゆるやかな丘が見えてきた。


 荷台がきしみながら坂を上り、視界が開ける。

 遠く……緑の中に崩れた屋根がいくつも見えた。人の気配はなく、煙も上がっていない。ひと目で、もう長いこと放っておかれた場所だと分かる風景だった。


「あれは……」


 レインが呟くと、御者が「ああ」と相槌を打つ。


「廃村さ」

「廃村……」

「昔は人もいたんだがねぇ。何年か前に、近くにドラゴンが出たとかで、みんな逃げちまった」


「ドラゴン、か」


 思わず口の中で反芻する。


 噂では聞いていた。以前、探索の途中で一度だけ近くを通ったこともある。だがこうして改めて見ると、想像以上に寂れていた。


 畑は荒れ、柵は倒れ、家々は風雨にさらされている。けれど、完全に土へ還ったわけでもない。まだ形の残っている家もある。住めるかどうかは別として、少なくとも雨風はしのげそうだった。


「最近も出るんですか、そのドラゴン」

「さあねぇ」


 御者は肩をすくめるような声を出した。


「見たって話もあれば、昔の噂を大げさに言ってるだけだって話もある。まぁ、もう何も残ってない場所だ。誰もわざわざ確かめになんか行かんよ」


「……それもそうですね」


「もう、終わった場所さね」


 終わった場所。

 その一言が、妙に今の自分にしっくりきた。


 荷台の上で、レインは村を見つめた。


 崩れかけた屋根。打ち捨てられた家。人のいない道。そこには活気も豊かさもない。ただ、取り残されたものだけが静かに残っている。


 まるで自分みたいだ、とまでは思わなかった。そこまで悲観的になったつもりは無いのだが、それでもどこか、居心地の悪い親近感のようなものはあった。


「……この辺りで降ろしてもらえますか」


 前方の御者が、少し意外そうに「おや」と声を上げた。


「本当にいいのかい? 周りの村や街まではまだあるぞ」


「ええ。もともと、目的地も決まってないので。廃村でも、寝れる場所くらいはあるかと思って」


「物好きだねぇ」


 言いながらも、御者は馬をゆるめて荷台を止めてくれた。


 レインは礼を言って飛び降りる。土を踏んだ靴の裏から、乾いた感触が伝わってきた。背負い袋を背負い直し、村の方を向く。


「兄ちゃん」


 御者が手綱を握ったまま声をかけた。


「村についたらまず一番マシな家をさがしな。もうじき日が暮れる。さすがにこの時期、野宿はまだ寒いからな」


「……わかりました」


 思わず少し笑って答えると、御者も満足そうに頷いた。


「気をつけな。ドラゴンが出ても、わしは助けに来んぞ」


「そのときは、諦めます」


 軽口のようなやり取りを最後に、馬車は再びがたごとと動き出した。


 遠ざかっていく車輪の音を聞きながら、レインはひとり立ち尽くす。


 風が吹き、草がざわめいた。村からは、何の音もしない。


「ドラゴン、か」


 誰に聞かせるでもなく呟く。


 怖くないわけではない。むしろ、できることならお目にかかりたくはない。けれど今の自分には、他に行く場所もなかった。


 レインは小さく息を吐くと、崩れた家々の並ぶ廃村へ向かって歩き出した。

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