第16話 光合成が馬鹿らしくなってくるわ
半日ほど農作業は続いた。
やがて畑に、育った芽が並び始める。
一つ、二つ、三つ……十。
ただの荒れ地だった場所に、少しずつ緑の列が生まれていく。
「おぉ……それっぽくなってきたな」
「それっぽく、じゃないわよ。ちゃんとした畑よ、もうこれは」
リーファが胸を張る。
その隣で、スイも目を輝かせていた。
「すごいです。こんなにも植物が……しおしお……」
「……しおしお?」
聞き返したレインが振り向く。
すると、さっきまでぴんとしていたスイの身体が、見るからにしんなりしていた。
肩は落ち、髪も心なしか元気がなく、全体的にひからびた野菜みたいになっている。
「……え?」
その手首を、リーファがしっかり掴んでいた。
「うぉい! 何やってんだお前!」
「何って、頑張ったご褒美に水と養分もらってるのよ!」
「やめろっ!」
レインは慌てて駆け寄り、腰に下げていた水筒をひったくるように取り出すと、そのまま中の水をスイに全部ぶちまけた。
ばしゃあっ、と景気のいい音がして、スイの体がぷるんと揺れる。しんなりしていた身体がぷるぷるっと張りを取り戻した。
「はっ……! た、助かりました……。何だか浜辺で萎びてるコンブになった気分でした」
「どんな気分だよ!」
レインが思わず突っ込む。
スイは胸元を押さえながら、涙目でリーファを見る。
「か、勝手に吸わないでください~……」
「ちょっとぐらいいいじゃない」
リーファは悪びれもせず言い、それどころか感心したようにスイを見つめる。
「……てか、スライムってこんなに栄養価あるのね。光合成が馬鹿らしくなってくるわ。毎食これでいいわね」
「やめろ、危ない発想するな」
じり、とリーファが一歩近づいた。
その目が妙に真剣で、スイの顔が引きつる。
「スイ、ちょっとじっとして」
「い、いやです」
「少しだけ」
「少しでもいやです!」
スイは慌ててレインの後ろに隠れ、その服の裾をぎゅっと掴んだ。
「レインさん……リーファさんの目が、本気です……!」
「安心しろ。俺も本気で止める」
「なによ、ちょっとしたオヤツじゃない」
「吸われてる方は命がけみたいだぞ! ダメだっ!」
「……ちぇっ」
リーファは唇を尖らせたが、それ以上は手を出してこなかった。
スイはレインの背中からそっと顔を出し、まだ警戒したままリーファを見ている。
その様子があまりにも小動物じみていて、レインは思わず吹き出した。
そんなふうに騒ぎながらも、作業は少しずつ進んでいく。
たった半日。
それだけで、荒れ地の景色は少し変わった。
まだ畑と呼ぶには、耕された面積はまだまだ小さい。土も荒く、柵もない。育った苗だってわずかだ。
下手をすれば荒地と間違えられるかもしれない。
それでも。
何もなかった場所に、確かに暮らしの形ができはじめている。
「よし」
レインは近くの木材へ目を向けた。
「俺、次は柵を作る。せっかく育てても、獣に食われたら意味ないからな」
「そうね。害獣対策は必須よ」
「私は雑草、もう少し取ります」
「無理はするなよ、二人とも」
「レインさんもです」
「そうよ。あんたが倒れても埋めて帰るからね」
同時に釘を刺されて、レインは苦笑する。
「分かった分かった。少し休んでからにする」
そう言って腰を下ろすと、目の前には小さな苗が並んでいた。
風に揺れる、頼りない緑。
けれど、その一本一本が妙に誇らしく見える。
レインは細く息を吐いて、空を見上げた。
この廃村に来たときは、ただ雨風がしのげればいいと思っていた。
考えがまとまるまでの、ほんのわずかな間を過ごせればいいと。
なのに今は、こうして畑を作ろうとしている。
明日のために土を起こし、仲間と役割を分け、育つものを守ろうとしている。
それがなんだか、おかしくて。
少しだけ、嬉しかった。
「……立派な畑になりそうだな」
ぽつりとこぼすと、
「なるわよ」
リーファが即座に言った。
「わたしがいるんだから」
スイも、にこりと笑う。
「私もいます」
その言葉に、レインは肩の力を抜いて笑った。
「ああ。頼りにしてる」
荒れ地の真ん中の小さな畑は、まだ不格好で、まだ足りないものばかりだ。
けれどそこにはもう、生活の姿があった。
ここで生きていくための、最初の形。
三人で作る、小さな暮らしの土台が、確かに芽吹き始めていた。




