第15話 さすが植物の専門家
朝の光が、村はずれの荒れ地を薄く照らしていた。
かつて畑だったのだろう場所は、今では土が固く締まり、背の低い雑草が好き勝手に伸びている。石も多い。放っておけば、ただの空き地にしか見えない。
その真ん中で、レインは腕を組み、足元の地面を見下ろしていた。
「……で、本当にいけるのか?」
「いける、と思うわ。たぶん」
隣で答えたリーファは、いつものように強気な顔をしていたが、語尾だけがほんの少し頼りなかった。
反対側では、スイがしゃがみ込み、土をつついている。白く細い指先が汚れるのも気にせず、きょろきょろと地面を見回していた。
「石が多いですね。あと、水分も少なくて、かなりぱさぱさです」
「だよなぁ……」
レインは困ったように頭をかく。
リーファのおかげで野草が見つかり、どうにか飢えはしのげている。けれど、それだけでは先がない。安定して食べ物を手に入れる手段が必要だ。
つまり、畑。
問題は、その畑にする場所が、どう見てもまともな状態には見えないことだった。
「普通に考えたら、こんな荒れ地を一から畑にするの、かなり大変なんだけどな」
「普通ならね」
ふん、とリーファが鼻を鳴らした。
「わたしがいるんだから。任せときなさいよ」
「おぉ、さすが植物の専門家だな。助かる」
素直に頼られたのが気恥ずかしいのか、リーファは一瞬だけ言葉に詰まり、すぐにぷいっと顔を背ける。
「ま、まぁ見てなさいよ。食べる事しか考えてない、動物との違いを見せてあげるわ!」
そう言って、彼女は荒れ地の一角にしゃがみ込んだ。
土へ手を伸ばす。細い指先が地面に触れた瞬間、土がわずかに震えた気がした。
レインとスイが、揃って息を呑む。
土には納屋で見つけた種が植えてある。
リーファは眉を寄せ、ぐっと力を込めるように目を細めた。
「ん……っ、く……!」
すると。
ぼこっ、と土が盛り上がった。
小さな芽が顔を出し、そのままぐん、と背を伸ばす。
「うっ、ううう……!」
双葉が開き、茎が太くなり、見る間に立派な苗の形になっていく。
「おぉ!」
「すごいです……!」
さらにその先。葉が増え、茎の先に小さな丸い実までひとつ成った。
「タネが一瞬でここまで……!」
スイが目を丸くして感嘆の声を漏らす。レインも思わず前のめりになった。
「すごいじゃないか、リーファ!」
「はぁ、はぁ……ど、どう。これくらい……簡単よ」
そうは言いながらも、リーファの額にはうっすら汗がにじんでいた。顔もほんのり赤い。
それでも胸を張ってみせるあたり、いかにも彼女らしい。
「よし、この調子でじゃんじゃん頼む! できればあと十株ほど欲しいな!」
「こっ、殺す気!?」
即座に怒鳴り返された。
「これ、めっちゃ疲れるのよ! 見れば分かるでしょ!」
「お、おぅ。そうみたいだな。悪い、勢いで言った」
「勢いで畑全部やらせようとしないでよ、この人でなし!」
びしっと指を突きつけられ、レインは苦笑するしかなかった。
すると、スイが遠慮がちに手を上げる。
「あの……リーファさんが植物を育てる前に、土を少しやわらかくしたら、楽になるんじゃないでしょうか」
「ん?」
「あと、お水も先にあげておいたほうが、たぶん育ちやすいです」
リーファがぱちぱちと瞬きをした。
少しだけ意地を張るように唇を尖らせ、それから小さくうなずく。
「……そうね。よく分かってるじゃない。土が死んでると、無駄に魔力を食うし」
「よし。じゃあ、役割分担だな」
レインは近くに置いてあった鍬を持ち上げた。
「俺が耕す。石もどける。スイは水やりと雑草取り。リーファは魔法で植物を育てる。これでどうだ?」
「……別にいいけど。それ、最初からそうすればよかったんじゃないの?」
「お前が『見てなさいよ』とか言うから」
「うっさいわね。ほら、さっさとやるわよ」
文句を言いながらも、リーファの声はどこか柔らかかった。
そこからは、三人での流れ作業になった。
レインが鍬を振るう。固い土に刃を入れ、ひっくり返し、邪魔な石を拾い上げて脇へどける。
額から汗が落ち、腕もじわじわ重くなってくるが、奇妙な充実感があった。
その後ろを、スイがてちてちとついてくる。
「ここ、雑草抜いておきますね」
「頼む」
「お水も持ってきます」
スイは手桶を抱えて池との間を何度も往復し、耕したばかりの土へ少しずつ水を撒いていく。
ときどき、向こうを向いて、なにやら口元からだばっと透き通った水を落としているように見えるのは、たぶん気のせいではない。
「スイ、お前また……」
「え? ちゃんと桶使ってますよ?」
問いかける前ににこっとされて、レインはそれ以上追及するのをやめた。
一方のリーファは、耕され、水を含んだ土を指先で確かめては、場所を選んで魔力を込めていく。
「ここはいいわね……こっちはまだだめ。あーもう、雑草の根が邪魔!」
「抜きます!」
「ありがと……って、ちがーう! そっちはさっき生えた苗!」
ばたばたと騒がしくはあったが、最初の無茶ぶりのときとは違い、リーファの消耗は目に見えて減っていた。
相変わらず口はキツい。でも、その表情からはときおり笑顔が漏れる程には、打ち解けてきたようだ。




