表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/39

第14話 別に。何だっていいわ、名前くらい

 家へ戻る頃には、太陽はすっかり高く昇っていた。


 修繕したばかりの家の中には、まだ新しい木の匂いと、ほんの少しだけ湿った土の匂いが混ざっている。


 その中央、寄せ集めの机の上に、小さな鉢植えが置かれていた。


 中に挿されているのは、あの若木から切り取った細い枝だ。


 そのそばで腕を組み、部屋の中を見回していた少女──ドライアドが、ふんと鼻を鳴らす。


「……中々悪くない家じゃない」


 言い方は偉そうだったが、声音にはほんの少しだけ安堵が混じっていた。


 レインは鉢の土の具合を確かめながら、肩をすくめる。


「最初はもっとひどかったんだぞ」

「私とレインさんで直しました!」


「……あっそ」


 ドライアドが半眼で興味なさそうに返す。

 どうやら口調の鋭さは、だいぶ戻ってきたらしい。


 レインは机の上の日記帳を軽く叩いた。


「日記によると、この方法で枝を挿しておくと根が出るらしいからな」

「植物の生命力ってすごいですね」


 スイが鉢植えを覗き込みながら、感心したように目を丸くする。


「こんな方法があったんですね」

「いや、多分、本来なら無理だろ」


「え?」


 レインは苦笑しながら頭をかいた。


「日記に書いてあったのは、あくまで普通の木の増やし方だ。今回みたいに、ドライアドが宿木から挿し木で引っ越すなんて聞いたことがない」


「つまり……」


「きっと、例の“力”の影響だろうな。それでも正直、一か八かだった」


 そう言って視線を向けると、ドライアドは机の端に腰かけたまま、自分の手をじっと見下ろしていた。


 さっきまで消えかけていたとは思えないほど、その輪郭ははっきりしている。顔色も、畑で見たときよりずいぶんましだった。


 もっとも、本人が一番それを不思議に思っているらしい。


「……そうね。本当ならあたし、消えててもおかしくないはずだし」


 ぽつりと呟いたあと、ドライアドははっとしたように顔を上げた。


「って、今さらだけど──何であたし、あんたたちと普通に喋れてるの?」


「今さらかよ」


 レインが思わず即座に突っ込むと、ドライアドはじろりと睨み返した。


「しょうがないでしょ! 死にかけてたところを、殺されかけたのよ! それどころじゃなかったの!」


「まあ、それはそうか……」


 自分でもずいぶんなことをした自覚はあるので、レインは素直に引き下がる。


 その横で、スイがこくこくと頷いた。


 レインは一つ息をつき、それから少しだけ真面目な顔になる。


「たぶん、それは俺の力のせいだ」

「力?」

「……正確には、呪いみたいなものかもしれないけどな」


 ドライアドが怪訝そうに眉をひそめる。


 レインはうまい説明の言葉を探すように、少しだけ視線を泳がせた。


「俺は、昔ある人から妙な力をもらったんだ。心を通わせた魔物を、人に近い姿へ変えてしまう力だ」


「は?」


 ドライアドの目が丸くなる。


「なによそれ。胡散臭いにもほどがあるんだけど」

「俺だってそう思う」

「でも、本当です」


 スイがすっと手を挙げた。


 ドライアドの視線がそちらへ向く。


 スイは少し緊張したように、胸元で手を握った。


「私も、元はスライムでした」

「……は?」

「今も完全に人間かと言われると、少し怪しいですけど」

「それは何となく分かる」


 ドライアドが勢いよく突っ込む。


 スイは少しだけ肩をすくめた。


「レインさんと出会って、今の姿になって、名前をもらって……それで一緒にいます」


「名前を……もらって?」


「はい。レインさんが“スイ”という名前をくれました。私だけの……宝物です」


 まっすぐな笑顔を向けるスイを見て、レインは我ながら少し恥ずかしくなった。


「……まあ、実際、身をもって体験してる以上、信じるしかないわよね」


 ドライアドは困惑したようにレインとスイを見比べた。


「俺も全部分かってるわけじゃないんだよ」


 レインは肩をすくめる。


「ただ、スイのときもそうだった。今回も、お前を助けたいと思って動いた結果、こうなった。……まあ、結果として良しとしないか?」


「……」


 ドライアドはしばらく黙り込み、それから自分の髪先をつまんだ。淡い緑の髪が、指先で揺れる。


「……まあ、それでいいわ」

「よし」


 そこでドライアドはふいと顔を背けた。


「……消えなくて済んだのは、まあ、その……良かったし」


 言い方はずいぶん不器用だったが、照れ隠しなのは分かりやすかった。


 スイがぱっと表情を明るくする。


「レインさんのおかげです! さすがレインさん!」

「うっさいわね!」


 即座に返される突っ込みにも、さっきまでの切羽詰まった感じはもうない。


「じゃ、あたしにもつけてよ」

「へ?」

「名前よ。あたしだけドライアドじゃ変でしょ」


 レインが一瞬固まる。


「お、俺がつけるのか?」

「そりゃそうでしょ! そこのスライム──スイにもつけたんでしょ」


 それはそうだが。

 もし気に入らなかったら……スイと違って大暴れしそうだからな──とは言えなかった。


「そ、そうだな」


 目を閉じ、腕を組み、捻り出すように思考を巡らせる。

 その間もドライアドは、興味なさそうにしつつ、ちらちらとレインを見ていた。


「……リーファ。旧帝国言語で、若葉を示す言葉だ」


「リーファ……」


 ドライアド──いや、“リーファ”は小さく呟いた。


「ど、どうだ? もし気に入らないなら、他のを……」

「別に。何だっていいわ、名前くらい。それでいい」


 ふいっと顔を背けつつも、その口元はほんの少しだけ嬉しそうに緩んでいた。


「それじゃ、改めてよろしくな。とりあえず、苗木は根が出て落ち着くまでは室内で様子を見よう」


 レインが机に置いた鉢植えを顎で示す。


「いずれ植え替えるとしても、いきなり外に置きっぱなしにするわけにもいかないし」

「……別に構わないけど。……だから何?」

「一緒に住むかって話だ」


 リーファは目をぱちくりと瞬かせた。


「え、あんたたちと一緒に!?」


「こっちは畑をどうにかしたい。お前は土や植物に詳しそうだ。で、お前は今、若木を世話してくれる人が必要だ。畑の土地が肥えれば、いつかこの木も元の場所に戻せるかもしれない」


 レインはそこで言葉を区切り、少しだけ柔らかい口調になる。


「だから、それまでの間。一緒に暮らそう」


 しん、と一瞬だけ部屋が静かになった。


 スイは期待したようにリーファを見つめている。

 リーファは視線を逸らしたまま、しばらく何も言わなかった。


 やがて、小さく鼻を鳴らす。


「……べつに、あたしは何でもいいけど」

「そっか。なら決まりだな」

「そっちがどうしてもって言うなら、いてあげてもいいわ」

「素直じゃないな」

「うるさい!」


 けれど、その耳が少し赤いのを見て、レインはそれ以上からかわないことにした。


 スイが嬉しそうに両手を胸の前で合わせる。


「よろしくお願いします、リーファさん」

「さん付けはやめて。なんかむずがゆい」

「じゃあ、リーファちゃん?」

「はぁ? 絶対、あたしの方が年上でしょ!?」

「む、難しいですね……」


「おーい、頼むから仲良くしてくれ」


 にぎやかなやりとりに、家の中の空気が少しだけ軽くなる。


 昨日まで一人と一匹だった家に、また住人が増えた。それは不思議と、窮屈さよりも温かさを感じさせる変化だ。


 そのとき、スイがふと、机の上の鉢植えに目を向ける。


「あ」

「ん?」

「鉢植え。お水、あげた方がいいでしょうか」

「そうだな。少しだけなら──」


 レインが言い終わる前に、スイは鉢へ顔を寄せた。


 そして次の瞬間。


 だばっと小さく口を開けて、水を注ぎ込もうとする。


「ぎゃーっ! ちょっとあんた、何すんのよ!?」


 リーファが悲鳴のような声を上げた。


 スイはきょとんとした顔で振り向く。


「え? お水です。綺麗なお水ですよ!?」


「そのやり方、やめろって言っただろ!」

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。 毎日コツコツ投稿しておりますが、皆様のブックマークや評価ポイントが、物語を完結させる大きな支えになっています。 未熟な作品ですが、応援のほどよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ