第11話 畑、ですか?
激辛の実事件からしばらくして、ようやく舌の痛みが引いてきた頃。
レインは村の外れにある池のほとりに腰を下ろし、じっと水面を見つめていた。
とはいえ、手にしているのは立派な釣り竿などではない。廃村の納屋で見つけた細い棒に糸を結び、先には曲げた釘をつけただけの即席の釣り竿だ。
餌も、さっきスイが「多分これも食べられます!」と拾ってきた、できれば詳しく知りたくない虫か何かである。
我ながら、頼りないにもほどがあった。
「……本当に魚、いるんだろうな」
「いますよ。前に、飛び跳ねるのを見ました。たぶん」
隣でしゃがんでいたスイが、水面を覗き込みながらこくりと頷く。
「ほら、あそこです」
「どこだ?」
「そこを、すーっと」
「それじゃ分からん」
レインが目を凝らしても、水面に映るのは空と木々の影ばかりだ。たまに小さな波紋が広がるものの、それが魚なのか風なのかも判然としない。
対するスイは、真剣そのものの顔で池を指さしている。
「あっ! いま、いました」
「ほんとか? 見えてるの、お前だけじゃないか?」
「えっ!? そうなんですか?」
「いや、俺に聞かれても知らないけどさ……」
レインは気を取り直し、糸を軽く揺らした。餌が水の中でゆらゆらと揺れる。魚がいるなら、少しくらい食いついてきてもよさそうなものだが──
一分。
十分
三十分。
何も起こらない。
「……釣れないな」
「ですね。魚がいるのに釣れないとなると、もはや腕の問題としか……」
「だから、おぃ。本当に魚いるのか!?」
レインは再び水面へ意識を戻した。すると次の瞬間、池の少し離れたところでぴしゃりと小さな水音がした。
「あっ、今の! 見ました!?」
「あぁ! なんだ、そっちかよ!」
移動するため慌てて糸を引こうとした拍子に、針が背後の草に引っかかった。
「うおっ!」
力任せに引っ張ると、草の塊が勢いよく水面から上がってきた。
「やった! 釣れましたね!」
「……草がな」
「わぁ、大物ですねぇ」
「……お前、もしかしてわざと言ってる?」
「へ?」
糸を外しながら、レインは深々と息をつく。
その後も何度か魚影らしきものは見えたが、結局一匹も釣れなかった。
成果はゼロ。
正確に言えば、草が一束。
さすがにそれを夕飯にするわけにもいかず、レインは池のほとりに座り込んだまま肩を落とした。
「……一旦釣りは諦める。次の手だな」
「はい!」
そうして次に試したのは、罠だった。
といっても、これも本格的なものではない。村の外れで見つけた獣道らしき場所に、蔓で作った輪罠や、箱を倒して閉じ込めるだけの簡単な箱罠をいくつか仕掛けてみただけだ。
作業のあいだ、スイは少し離れたところから感心したように見守っていた。
「すごいです、レインさん」
「そうか?」
「はい。なんだか、冒険者みたいです!」
「いや、一応つい数日前までそうだったんだけどな」
曖昧な褒め方ではあったが、悪い気はしない。
レインは最後の罠を仕掛け終えると、軽く腰を伸ばした。
「これで明日の朝には、野ウサギか何かかかってるはずだ」
「……あの」
「ん?」
「いま、ひとつ動きました」
「え?」
スイが指さした先で、箱罠ががたがたと揺れている。
レインは目を丸くした。
「もうか!? さすがに早すぎないか?」
「でも、動いてます」
「……よし」
半信半疑のまま駆け寄り、勢いよく箱を持ち上げる。
その瞬間、
「うわっ!?」
足首に何かが絡みつき、体勢が崩れた。
次の瞬間には、自分で仕掛けた輪罠に見事に引っかかり、そのまま尻もちをついていた。
「……」
「……」
どうやら箱罠の揺れは風で、慌てて近づいたレインが別の罠を踏み抜いたらしい。見事な自爆だった。
スイは心配そうに寄ってきたが、その口元がわずかに震えている。
「笑ってるだろ」
「わ、笑ってません」
「いま、口が揺れた」
「ち、違います。スライムだからです」
「嘘つけ、絶対笑ってる」
「……ふふ」
「ほら!」
結局、その日罠には何もかからなかった。
◇ ◇ ◇
翌朝──。
罠を見回っても、獲物どころか、箱罠に枯れ葉が一枚入っていただけだった。輪罠のひとつには、なぜか木の枝が引っかかっていたが、理由は誰にも分からない。
「……駄目だな」
「駄目ですね……」
家の前に並んで座り、レインとスイは揃ってため息をついた。
目の前には、昨日よりさらに痩せ細った食料袋。
持ってきた保存食は減る一方だ。釣りも罠も、今のやり方では効率が悪すぎる。
「やっぱりその場しのぎの狩猟頼みじゃ、先がないな……」
「先、ですか?」
「あぁ。明日も、その次の日も、安定して食べていける方法が必要ってことだ」
レインは地面へ視線を落とした。
家の周りの土は踏み固められていて、畑に向いているようには見えない。だが、村を見て回ったとき、もう少し開けた場所もあったはずだ。昔、人が暮らしていたのなら、畑の跡がどこかに残っていてもおかしくない。
そこまで考えたところで、スイが遠慮がちに口を開いた。
「……もしかして、朝に言っていた畑、ですか?」
「ん?」
「あの、実は……村の端の方に、それっぽい場所を見たことあります。平らで、草の生え方も少し違ってました」
「そうなのか?」
「すみません……先に言えば良かったですね」
「いや、畑はまだ後と思ってたけど、使えそうなら見ておいて損はない。案内できるか?」
そう言って立ち上がると、スイも慌てて立ち上がった。
「はい、こっちです!」
釣れない魚を待つより、かからない罠を見張るより、土を耕すほうがまだ現実的かもしれない。もちろん、畑を作ったからといってすぐ食べられるわけではない。種も道具も、肥料なども必要になるだろう。
それでも、今後に向けて選択肢は多いに越したことはない。それに、もしかしたら、植えたまま放置された野菜なんかが残ってるかもしれない。
家を出て、二人は村の外れへ向かう草むらの道を歩き始める。
半ば自暴自棄で言ってたのに。まさか、本当に畑を耕す事になるかもしれないとは。人生というのはどう転ぶか分からないものだ。
そう考えながら歩くレインの視線の先、風に揺れる草の向こうに、少しだけ開けた土地が見え始めていた。




