表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/39

第10話 み、水を……! お口に!

 家を出ると、朝の空気はまだ少し冷たかった。


 昨日はただ寝床を確保するので精一杯だったが、こうして明るい中で見回すと、家の周囲にも色々なものがある。崩れた石垣、草の伸びた空き地、半ば埋もれた畑跡のような場所。放棄されて久しい村ではあるが、まだ人々の生活の後は見て取れる。


 スイはそんな景色の中を、どこか得意げに歩いていた。


「こっちです」

「本当に食べれるものがあるのか?」

「はい。たぶん」


 また“たぶん”だ、とレインは思ったが、すぐにスイが言い足した。


「スライムのとき、色々食べてみましたから」

「色々?」

「はい。この辺に生えてる葉っぱとか、実とか、草とか。手当たり次第です」

「……命知らずだな」

「そんなことないですよ」


 スイは振り返って首をかしげる。


「食べたらいきなり死んじゃう物なんて、そうそうありませんから」

「……それって、経験則か?」


 思わず真顔になる。

 だがスイ本人は、そこまで大事だと思っていないらしかった。


「はい、大丈夫です。お腹が痛くなったり、痺れて動けなくなったり、ちょっと溶けちゃったり……色々ありましたけど、大丈夫です」

「全然大丈夫じゃないな!?」

「でも、ちゃんと生きてました」

「いや、結果論で語られてもな……」


 レインが頭を押さえると、スイは「む、難しいですね」と困ったように笑った。


 元がスライムなのだから、耐性が普通の生き物と違うのだろう。実際、人間なら致命的なものでも平気なのかもしれない。そう考えると、スイの“食べられる”は、あまり人間向けの基準ではない気がしてきた。


「一応確認するけど、人間でも食べられそうなやつを案内してくれ」

「はい。たぶん大丈夫なのを探します」

「その“たぶん”が不安なんだよなあ……」


 ぼやきつつも、レインはスイの後を追った。


 村の周りには、背の低い草のほかに、蔓の絡んだ低木や、実のついた灌木がぽつぽつ生えている。人が手入れしなくなったぶん、好き勝手に伸びているようだった。


 スイは時折立ち止まっては、葉をつまんだり、枝先を覗き込んだりしている。真剣な横顔は妙に頼もしいが、その判断基準が「スライムの時に食べて平気だったかどうか」なのを思い出すと、全面的に信じる気にはなれない。


「これ、前に食べました」

「どうだった?」

「何だか世界がぐにゃぐにゃになりました」

「却下だな」


「こっちはお腹が千切れるかと思いました」

「却下」


「あっ! これは、ちょっと痺れるくらいです」

「却下」


 歩きながらそんなやり取りを続けていると、レインもだんだん心配になってきた。


「なぁ、ほんとに大丈夫なのか?」

「食べて全然何ともない物に絞るとなると、あんまり多くないかもです」

「この辺、ずいぶん過酷だな……」


 レインのボヤキに、スイは悪びれずに頷く。


「あの、ちょっと痺れるくらいなら、慣れれば何とかなりますよ。試してみませんか!?」

「俺はあんまり慣れたくない」


 周辺の食料事情に、早くも不安が募る。


 それでも、こうして歩いてみると分かることもあった。家の裏手には日当たりのいい斜面があり、少し先には背の低い木が何本かまとまって生えている。昨日は気づかなかった小道の跡もあるし、崩れた柵の向こうには昔の畑らしい平地も見えた。


 村は広くないが、見て回る場所は思ったよりありそうだ。


「あっ、レインさん」


 ふいにスイが足を止めた。


「ん?」

「これです!」


 振り向くと、スイが少し背の低い木の前でしゃがみ込んでいた。枝先には、つやつやした赤い実がいくつもなっている。朝日を受けて光るそれは、小ぶりながらなかなか美味そうに見えた。


「見た目は、とりあえずまともだな」


 レインは枝を覗き込みながら苦笑した。

 スイは両手でいくつか実を摘み取り、得意げにこちらへ差し出す。


「これ食べられます!」

「へえ。数も結構あるな。……本当に大丈夫なんだよな?」

「はい。これは食べても何ともありませんでした! 人間の体でも、たぶん大丈夫です」

「その“たぶん”がめちゃくちゃ怖いんだが……」


 少し引っかかったが、見た目はどう見ても普通の木の実だ。少なくとも、さっきまでの「痺れます」「お腹痛くなります」候補よりはずっとましに見える。


 レインは一粒つまみ、決死の気持ちで口へ放り込んだ。


 最初の一瞬は、何もない。


 だが、次の瞬間だった。


「──っ!?!?」


 舌を突き刺すような刺激が爆発した。


 辛いとか、そういう生易しいものではない。熱い。痛い。口の中だけ火事になったみたいだった。


「がっ、あ、あああっ!? な、なんだこれ!?」

「レ、レインさん!?」

「かっっ、ら!? 辛っ……辛ぁっ!!」


 目に涙が浮かぶ。喉まで焼ける。反射的に咳き込み、レインはその場でしゃがみ込んだ。


「み、水……! 水、水ーっ!!」


 もはや体裁も何もない。レインが本気でのたうち回り、口から涎を垂れ流すのを見て、スイは顔色を変えた。


「み、水! お水ですね!?」

「そうだ、水っ!」

「は、はいっ! 水、お水です!」


 言うやいなや、スイはものすごい勢いで駆け寄ってきた。

 助かった、と一瞬だけ思ったレインだったが、次の瞬間、スイが抱きつくように顔を抑えてくる。


 近い。近すぎる。


 しかもスイは真剣そのものの顔で、唇をこちらへ寄せてきていた。


「まっ、待て待て待て待て!!」

「ふぇっ?」

「何しようとしてる!?」

「み、水を……! お口に!」

「やり方!! 方法がおかしい!!」


 レインは慌てて両手で制止した。辛さで涙目のまま全力で止める姿は、我ながら締まらないにもほどがある。


 スイはきょとんとして、目をぱちぱちさせた。


「で、でも、早くしないと大変かと……」

「それは分かる! 分かるけど、そうじゃない!」

「? お水、要りませんか?」

「要る! 要るけどちょっと待て!」


 思わず大声になった。


 スイはしゅんと肩を落とす。


「す、すみません……」

「いや、助けようとしてくれたのは分かるけど……分かるけど、それは二度とやっちゃダメだ」

「だめ……なんですか?」

「ダメだ」


 どうにか多少は収まった辛さにむせながら、レインは真っ赤な顔で言い切った。辛さのせいだけではない。たぶん。


 スイはしょんぼりしながらも、こくりと頷く。


「分かりました……」

「とにかく普通に水をくれ、コップに!」

「あ、はい!」


 今度こそスイは少し離れ、水筒の蓋を受け取ると、きちんとそこへ透明な水を注いだ。口から。

 レインはひったくるようにそれを飲み干す。


 ぬるい。けれど救いだった。


「はぁっ……生き返った……」

「よ、よかったです……」


 スイは心底ほっとしたように胸を撫で下ろした。それから、手の中に残った赤い実を見下ろして、おずおずと口を開く。


「すみません……スライムのときは平気だったので、大丈夫と思ってました……」

「スライムって、味覚あったのか……?」


 掠れた声でそう返すと、スイは「多分……無かった気がします」とさらに小さくなった。


 レインは深く息を吐き、まだ少しひりひりする舌先を押さえる。


 どうやらこの廃村暮らし、食料探しひとつ取っても前途多難らしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ