第919話 あとはお前が何とかしろ
しばらくして、城門の横の通用口から一人の兵士が現れる。
その装備から、兵士の中でもそれなりの地位の人物とすぐに分かった。
「フロイド! 我の顔を忘れたとは言わせぬぞ!?」
ランバート国王がその男を一目見てそう告げる。
「これは、どういうことですか? 陛下がどうしてここに?」
フロイドと声を掛けられた男も一目見てランバート国王本人だと気が付いたようで、少し戸惑いながらも、膝をつこうと腰をかがめたその時、もう一人の男が現れて怒声を放った。
「ジュート衛士隊長! まさか膝をつくなどという愚かな行為には及ぶまいな――!」
「あっ――」
フロイドの後から出てきた男の恰好、それは明らかに魔術師だ。
「ウナイ! 何を言うつもりだ!? 我は国王ランバートであるぞ?」
ランバート国王が負けじと声を張り上げる。
「ふん! 陛下が城外に居られるはずはない! 何を言っている、このペテン師めが! 陛下の名を騙るとは不届き千万! ジュート隊長、そやつを捕らえて牢に放り込むのだ!」
ウナイと呼ばれたその魔術師がフロイド・ジュートにそう命じた。
「し、しかし、こちらの方は紛れもなく――」
「フロイド・ジュート! 我が命はカイル王子の命であるぞ! 従わぬというのなら、お前も同類と見なして牢に放り込むまでだ! おい、衛兵! 何をしておる! ジュートを捕らえるのだ!」
それに呼応して、数名の衛兵が躍り出ると、フロイド・ジュートを両脇から抱えて引っ張ってゆく。
衛兵たちには同情せざるを得ないが、彼らも直接命じられれば従うほかないといったところだろう。
「ウナイ! カイルに伝えよ! 即刻、城門を開き、我に玉座を戻さねば、我は力づくで押し入り、お前を断罪する! 今ならまだ間に合う。30分だけ時間をやる。それ以上は許さぬとな!」
「何を寝言をほざくかこの痴れ者が! 力づくというのなら、この国家魔術院院長ウナイ・ユーデルフォンが相手になってやる。覚悟を決めてかかってくるのだな!」
両者のにらみ合いが続く。こちらの貴族、兵士も武器を抜かないまでも、柄に手をかける者も現れてきた。
(やはり、戦闘になる――か)
キールもまた、おのれの短杖に手を伸ばそうとしたその時。
ギギギギ……と城門が音を立てて開き始めた――。
「な!? 誰が城門を開けと命じたか!? 勝手に開けるな、馬鹿者がぁ!」
ウナイが慌てふためき、城門を仰ぎ見る。
するとそこからさらに一人の高貴な男が姿を見せた。
「――父上。カイル、仰せに従い、父上に玉座をお返しいたします――」
その男はランバート国王の前まで進み出ると、そう告げた。
「カイル王子! なにを仰られますか!? こやつは陛下ではありませぬぞ!?」
「ウナイ! 控えろ! この私が父上のお顔を見間違えるとでもいうつもりかぁ!」
「くっ! この、愚か者が――。ここにきて怖気づきおったか……。かくなる上は――」
そう言いながら、ウナイは腰の短杖に手を伸ばす――。
(まさか、この状況で始めるつもりか――!)
びしぃ――!!
「ぐわぁ!! な、何者だ!!」
ウナイが腰に伸ばした腕を抑えて、尻もちをつく。その腕には明らかに冷気によるダメージが見て取れた。
(え? 僕じゃないぞ――。あ……)
そしてその刹那、今度はその倒れたウナイ院長の顔面のわずか横を、氷の刃が途轍もない速度で通過し、地面に突き刺さった。
「ひぃい!! これほどの精度と速度……! 私には、どこから撃たれたのかわからぬ!? まさか――『三大魔術師』でもいるというのか――!?」
なかなかに勘のいい男だ。
恐らくは『疾風』の仕業だろう――。
が、ここで『疾風』が姿を現すわけにはいかない――。
(ちっ! あの女魔術師め! 『火炎』も『氷結』も『疾風』も! みんな、策士すぎるだろ――!)
要は、単純な話だ。
あとは、お前が何とかしろというメッセージなのだろう。
キールは仕方がなく、ずいと前に出る。
「『三大魔術師』ではないけどね……。さすがに見てられなくて、助太刀することにするよ。ウナイ院長。年貢の納め時だ。こちらは証拠を握っている――」
「小僧! お前一体何者だ!」
「お初にお目にかかります、ウナイ院長。私はキール・ヴァイスという野良魔術師ですよ。諸国巡回の途中、縁あってランバート国王と懇意になりましてね。お話を聞いてお手伝いすることにしたんですよ――」
「キール……、ヴァイス?」
「最近では結構名前も知れていると思っていたのですが――。『稀代』といえば、さすがにお分かりになりますか?」
「『き、だい』? ぬぁ!? もしかして、『稀代の魔術師』!?」
「ええ、その通りです。まだ信じられぬというのなら、一つ二つ手合わせしてみますか? まあ、その場合、あなたの命の保証は出来かねますが?」
ウナイの顔色がどんどん青ざめてゆく――。
これだけ追い込んでみたが、いずれにしてもウナイにとっては絶体絶命と言える状況だ。
ここで杖を下ろしたとしても、厳罰に処されることは逃れようがない。
「くぅ!! し、死ねぇえ――!!」
ウナイは振り返りざまに杖をカイル王子に向けた――。
「ウナイ! 血迷ったか!?」
と、カイル王子は、腕をかざすが、さすがにその至近距離で腕ごときで魔法を受けきることは出来ないだろう。
「氷弾ぉ!」
ウナイの起動句が響く。
だああん――!!
直後、大きな爆発音ともうもうと立ち込める氷煙——。
(ふぅ。何とか『魔法盾』が間に合ったか……。それにしても――)
キールは間髪入れず、続けて術式を発動する――。
――『幻覚魔法』発動!!
「――あ、ああ……」
ウナイがその場にへたり込む。どうやら、『幻覚魔法』がしっかりと掛かったらしい。
「まったく――。ランバート陛下、無茶が過ぎます。間に合わなかったら、大怪我ではすみませんでしたよ?」
キールは氷煙の中から現れた二人の影——その背中にそう声を掛けた。
「ははは、すまぬ、『稀代』どの――。思わず身体が動いてしまったわ――」
ランバート国王が背中を丸めた態勢でそう答えた。
そのランバート国王の背中の陰に隠れているのはカイル王子だった。




