第918話 『国王』
翌日——。
国王ランバートを支持していた貴族や兵たち総勢100名が王城の正門前に集結していた。
キールはその中に紛れ込み、『疾風』は姿を隠しつつその集団から少し離れた場所に潜んでいる。
ミリアはエルルート大使館にて、不測の事態への対応のために待機している。
この作戦にあたって、キールと『疾風』はランバート国王に対し、基本的に不干渉の立場を告げてある。
『もちろんだ――。君たちには、私を囚われの身から解放してくれた恩義がある。これは我が国の問題。すべて私の身から出た錆だ。私が再び立ち上がり、雌雄を決する機会を作る土台を準備してくれたことに感謝している。あとは、自身の力を信じ、戦うのみだ――』
そう、ランバート国王は覚悟を示した。
(僕はともかく、ミリアや『疾風』が関与すると、国家間戦争になりかねないからな――)
ミリアは名実ともにメストリル王国国家魔術院の副院長であり、政務大臣ウェルダート・ハインツフェルトの娘だ。どちらか一方に肩入れすれば、それは他国への政治介入と見られても抗弁のしようがない。
『疾風』はシェーランネル王国国家魔術院の院長であるから、こちらも同様だ。
つまり、今二人が『待機』しているのは、双方ともに、不測の事態が拡大し、住民たちに危害が及ぶようなことになりそうな場合に、『人道的立場から』仲裁に入るタイミングを逸しないためである。
それで、キールだけ、最悪の事態——国王の戦死だけは避けるために、ランバート陛下のすぐそばに付き従っているというわけだ。
(――そもそも、この『作戦』を言い出したのは、自分だし、この流れは仕方ない、か)
カイル王子たち、『王城派』には、王国兵団がある。その上、国家魔術院の院長ウナイ・ユーデルフォン率いる魔術師部隊もいる。
(僕の狙いは、国王自らが王城に乗り込めば、忠義に厚い者たちはそう容易く陛下に剣を向けられないと思ってるんだけど――)
とはいえ、現最高指揮官であるカイル王子が厳命を下せば、忠義よりも責任に傾き、剣をもって立ち向かってくる可能性はぬぐえない。
(――いや、恐らくは、そうなるんだろうな)
昨晩、結局は『力』なのだと帰結したばかりでありながら、そうは言っても『心情』や『忠義』に突き動かされる人も少なからずはいると思いたい。
キールは『国王派』の集団に紛れつつ、常にランバート陛下のそばにぴたりと体を寄せて歩く。
王城の門が迫ってくる――。
「我は、第6代ケライヒシュール国王、ランバート・ケライフである! 門を開け!」
ランバートがキールの隣でそう声を上げた。
なかなかに迫力のある声だ。
昨日まで塔の上に幽閉されていた者とは思えぬほどに強く凛々しい声色だ。
(さすが、国王様——といったところだな)
やはり、背負ってきたものが違うというところだろう。この王様、塔の中にいた人と本当に同一人物なのかと、キールは一瞬目を見張った。
ところが、敵もまた然り――。
「陛下がこんなところにおいでになるはずはない! お前、陛下の名を騙るとは不届きな!」
と、城門の楼閣から声が降ってくる。
こちらの声もなかなかの威圧感だ。こちらはこちらで任務と誇りを背負っているのだろう。
「その声は、フロイド・ジュート隊長だな! 任務、ご苦労。ただ、我の声がわからないほどにまで《《もうろく》》したのか? それとも、すでにカインの犬に成り下がったかァ!?」
「ぬ!? 言わせておけば――。今下りて行ってやるから、声を上げたものは、前に進み出るがよい!」
ランバート国王の問いかけに反応を示す城門の上の声——。
この人もなかなかに有能な指揮官だと、キールは思う。
恐らくは、声だけで判断せず、自分の目で確かめようとしているのだろう。
「陛下、フロイド・ジュート本人が下りてくるようですぞ? これで、陛下であると確認されれば、城門を開くことでしょう――」
そう、ランバートに耳打ちする貴族の何某がいたが、ランバートは、
「そんなに甘くはない。フロイドは任務に忠実な男だ。仮に私だと分かったとしても、油断は出来ぬ――」
と、そう返す――。
キールは、少し目を見開いて、ランバートの表情を盗み見た。
その額には既に深い皺が刻み込まれている壮年の男だが、街中にいる普通の『おじさん』とは明らかに違う威圧感が滲み出ているように見えた。
(――この王様も、なかなかの御仁だな。経済大国と『英雄王』の国に挟まれながらも、国を発展させてきただけのことはある、か――)
やはり、追いやられたといっても国王なのだろう。
キールはそう見て取ると、やはり、国王はこういう御仁であるべきだと、勝手な期待を寄せるのだった。




