第917話 明日の王位
「――『竜芯』が人の精神に与える何らかの影響についてだけど、つまりは、人を傷つけたり、騙したりすることに対する抵抗感が減少する傾向があるという理解でいいのかな?」
キールは、話の本筋を戻すため、ジョドとべリングエルに視線を向けつつそう問う。
「簡単に言えば、そういうことじゃろう。私たちドラゴン族は、原則的に、他種族に対しての『情』が薄い傾向にある。必要とあれば、全生命体を抹消することを決断し実行できるほどに、な――。もちろん、それら対象となった者の中には、心豊かなものや、真に平和を追求する者もおったかもしれぬのに、じゃ」
ジョドがそう言いながら、少し視線を下げたように見えたのは、いま彼女の姿が『ひと』の形を成しているが故の錯覚か。
それとも、そういう心根をそもそも持っているのか、あるいは、芽生えたのか――。
いずれも、キールには判別できないことだ。
しかし、現状この世で覚醒しているドラゴン族の3人は、少なくとも、キールたちと会話を交わし、情報を共有しながら、世界が良き方へと向くようにはどうするべきかを共に考えてくれているような気がしている。
(これを『希望的観測』とは思いたくないというのが僕の本心だけど、それをここで追及しても、容易く本心を話してはくれないだろうしな――)
それよりも、だ。
今大事なのは、明日、今回の『政変』の全貌を明らかにし、それが、国家魔術院長とレスター公の謀略の結果だと詳らかにする方法をどうするかだ。
「『竜芯』やリューデスについては、この辺にしておこう。今この話を掘り下げても、推論に推論を重ねるだけになるし、特に現状対応しなければならない緊急の問題があるわけでもない。それより、まずはこの国の政治体制を正常に戻す必要がある」
と、キールはここで線引きをする。
「――そうね。キールはどうするつもりだったの?」
と、ミリアが問いかけてくる。
「僕としては――」と、前置いて、ざっくりと今後の方針をキールは示すことにした。
できるできないはこの際置いておいて、正常な状態というのは、もちろん、国王ランバートが王位に復帰することだろうし、国王を支えていた近習たちの復位であり、今回の反乱分子のあぶり出しと処罰を行うことだと考えていると告げる。
「単純に、ランバート陛下に、王城に乗り込んでもらうというのが一番いいだろうね――。たぶん、元国王派の貴族や兵士たちも、幾らか集まるだろうしね」
これに対して『疾風』が、
「なるほど――。カイル王子に玉座を陛下に返還するよう求めるというわけね。もし受け入れられないときはどうするの?」
と、確認を入れてくる。
「残念だけど、その時はもう、戦闘も辞さないと覚悟を求めるほかないだろうね。そもそも王位なんて、そういうものじゃないんですか?」
と、キールは少々意地悪い視線を『疾風』へ向けた。
「――たしかに、ね。そうなれば、結局は『強い方』が玉座を得ることになるだろうけど、王国の王位争いなんて、そもそもそういうものといえばそうだわ。これで、ランバート陛下が負けるのなら、それはそういう運命なのだろうと受け入れるしかないわね」
と、『疾風』もそこは納得するほかないというところだろう。
『きな臭い』といえばそれまでだ。
だけど、今でこそ『自由経済主義』が浸透しつつある時代だが、それこそ数十年ほど前までは、そういう事は日常茶飯事だったし、現代においても、大掛かりな戦闘は減ったかもしれないが、こういった『揉め事』は陰に日向に起きていると言ってもいい。
(結局、力の世界であることは何も変わっていないんだろうな)
と、キールは正直にそう思う。
別に、自虐的にも、悲観的にもなってはいない。
人も生物である以上、ある一定の『力』に支配される傾向は否めないし、それが自然でもある。
ただ、その『力』の現れ方が、いくらか変化を見せるに過ぎないのだ。
そんなものは、いわば、振り子の振れ幅のようなもので、『言論や秩序』に揺れたり『体力や戦力』に揺れたりするものなのだろう。
結局はその『力』に依存する生き方を打ち破らない限り、前人類が辿った全人類の消滅という悲劇――『100日戦争』への道筋と同じ道を、現生人類であるレント族とエルルート族も辿っているのだろうが――。
「――すまない、ジョド。君たち3人が今僕らに掛けてくれている『期待』は、本当にありがたいし、いつかそれに応えられる『正解』を見つけ出さないといけないことは僕も分かっている。だけど、たぶん今の僕たちはそれに辿り着けるほどに成熟していないのかもしれない。でも、今回も、『対話』から入ることを前提として、それでもの場合は致し方なしと、そう考えているんだ」
キールは平民である。
そもそも王位に誰が就こうが、たいして実生活に影響は無い。
(とはいっても、さすがにミリアや『疾風』から言わせれば、ただの隣国の王族・貴族と割り切るのは難しいだろう――)
「――まあ、どうしても『悲惨な状況』が回避できなさそうになったら、その時は、リーンアイムに登場してもらうつもりさ。いいだろう? リーンアイム」
キールはそういいながら、まだ目を瞑っているリーンアイムの方へ視線を送る。
リーンアイムは、キールの視線と声に反応すると、ゆっくりと目を開き、
「ふん! 致し方あるまい――」
と、一応、「了承」ととれる返事を返してきた。




