第916話 魔素の影響
「前世の記憶ですって――?」
『疾風』がキールの言葉を復唱する。
当然、そんなことが受け入れられるわけはない。それでもキールは、そうだと言い切るしかできないのだが――。
「――ふうん。そうなのね。で? そのリューデスも『前世の記憶』を持っているから、『竜芯』のことを知っていると、そう言うのね、キール君は――」
へ?
それだけ、ですか?
『前世の記憶』ですよ? 生まれる前に死んだ人の記憶が残ってるってそういう話ですよ?
「お、驚かないんですね――」と、キールは『疾風』に問いかける。
「どうして? それともそれは冗談だとか言うつもりなの?」
と、真顔で返してくる『疾風』。
「いえ、冗談なんかじゃありませんよ」
「でしょうね。それは分かったわ。でも、それだと、そのリューデスというエルルート族の前世は、ドラゴン族だった、ということになるわよね?」
『疾風』の理解が早い。その通りだ。
キールもその可能性に気が付いたのだが、それにしても、『前世の記憶』持ちだというところをすんなり受け入れられてしまったことの方が、肩透かしを食らったみたいで落ち着かない。
「あの、リシャールさま? キールの『前世の記憶』については、信じておられるということでいいのですか?」
と、とうとうミリアが確認を入れる。
ミリアも、さきほどの『疾風』の反応に違和感がぬぐえないのだろう。
「え? 信じるも何も、本当のことなんでしょ? だったら、疑う必要がどこにあるというのよ? おかしなことを言う子ね?」
ミリアの問いに返ってきた言葉はそれだった。
いや、もうこの話はこれでいいものと割り切ろう。むしろ、説明をする手間が省けて好都合であることに違いないのだ。
キールはそう自分自身の気持ちを整理する。そして、それよりも重大なことについて話を進めるべきだと、気持ちを切り替える。
「――リシャールさまの言う通りです。リューデス・アウストリアは『前世の記憶』を持つもので、なおかつ、ドラゴン族の生まれ変わりである可能性があるということです。そう考えれば、辻褄が合う――」
しかし、もしそうであるなら、『ボウンさん』が知らないはずはないのだが――。
あ――、いや、知らないことだってあり得るのか――。
そもそも『ボウンさん』が「カミサマ」になったのがいつなのかという問題がある。『ボウンさん』が「カミサマ」になる前に転生したものだった場合は知らない可能性もある? のか?
(こればかりは、直接聞かないとわからないか――)
キールはその問題は今度問い詰めることにして、今は仮説の話を進めることにする。
「ドラゴン族の生まれ変わり――か。たしかにな。そうなら、リューデスという男が『竜芯』を見分け、それを活用する方法を編み出したとしても、とくにおかしな点はないじゃろうのぅ」
と、ジョドが口を挟んだ。
「――べリングエル。『竜芯』に心を食いつくされるって、さっき僕に言ったよね? あれはどういう意味なんだ? 詳しく話してくれないか?」
キールは『竜芯』についてもっと深く知らなければ、先へは進めないとそう考えている。
「――そうだな。幸いここにいる者は皆、『魔術に心得のあるものたち』だけだ。話を理解するのにそれほど時間はかからぬだろう」
そう前置いて、べリングエルが先を続ける。
「実は、魔素には精神に干渉する性質があることをお前たちは知っているか?」
べリングエルの第一声はそれだった。
「――古い魔術研究者のなかには、そういう説を唱えているものもいたようだというのは聞いたことがあるわ」
と、これに応じたのは『疾風』だった。
「――でも、結局は何も実証されていないし、これまでに、魔素の影響で狂ってしまった人間の話は、私も聞いたことがないわ」
つまり、『憶測』の域を出ないということなのだろう。
「大気中に滲み出している程度の魔素なら、それほどの影響はない――という見方もあるのだろうが、実はそうでもないのだ。魔術師たちはその力で人を傷つけたり、殺したりすることに抵抗がないものも多い。これは、必要に迫られてという事もあるのだろうが、むしろ、その者の『性質』によるところも大きいのだ――」
と、べリングエル。そして、さらに続ける――。
「人族やエルルート族の中に、魔術の素質はあるが発現できないものがいるだろう? そういうものは大抵、その『性質』が薄い傾向があるともいえるのだ」
あ――。
その言葉を聞いて、キールは、あの涼しげな面立ちの『天才』の顔を思い出す。
「クリス――。あの子も魔法を発現できない魔術師だったわ――」
と、キールが口にするより先にミリアが呟いた。
「――なるほど、ね。そう言われてみれば、説得力があるよな。クリストファーなら、人を傷つけたり、ましてや殺すなんて、絶対に出来ないだろうからな」
「そうね――。クリスが人を傷つけるなんてこと、絶対にないってそう思うもの――」
ミリアの表情に少しだけ穏やかな色が射す。
おおかた、クリストファーのあの柔らかな微笑みでも思い出したのだろう。
(ふっ、まあ、彼のあの微笑みを思い出せば、男でも心が和らぐんだからな――)
ミリアがクリストファーに抱いている感情が、恋慕の念でないことをキールは知っている。
が、かつて思いを寄せられた男であり、今や、『神童』の殻を破り、名実ともに『天才科学者』の名を手にしたクリストファーに対する友情よりも強い感情を否定することができないことも、キールは理解している。




