第908話 カイル王子の告白
「――兄上が俺を抹殺しようとしているんだ……。このままでは、俺はそれほど長く生きられない」
カイル王子が相変わらず中空を見つめながら、そう吐露した。
カイル王子が「今話している相手」は『疾風』でなく、この国の王妃だったカイルの母親である――そういう幻覚をキールは見せている。
『どうしてそんなふうに思うの? カイル。兄上がそんなことを考えてるはずはないでしょう?』
『疾風』の質問はすべて、母が優しく語りかけているようにカイル王子には聞こえているのだろう。
「ウナイとヨーデルがそう言ったんだ。兄上は、俺が反逆を企てているという話を勝手に作り上げ、父上にそう耳打ちしているって言うんだ。俺は、何もしていないし、王座なんかほしくはないというのに――」
カイル王子は独白を続ける。
「――ヨーデルが策謀を練って、逆に兄上を嵌めて、立場を入れ替えるべきだとそう言ったんだ。ウナイもこれに手を貸してくれるということになっている。二人に任せておけば、問題ない――。実際、二人はうまくやってくれた。おかげで俺は生き延びたのだから」
やはり、政変には裏があったということだろう。
「父上までも陥れることになるとは、残念なことだが、こうでもしなければ、父上は兄殺しの俺を許しはしないだろう。すべては、兄上が悪いのだ――。そして、兄上の言葉を信じた父上も――」
聞いてしまえば、なんとも呆気ない話である。
しかし、問題は、実行を決意したカイル王子の愚かさにあると言えばそれまでだ。
ウナイ院長とヨーデル・レスター伯爵からしてみれば、お前が決断したクーデターを成功させてやった、今後もし言うことを聞かなければ、全てを白日の下にさらすとでも言って脅迫し続けるだけで、王国を牛耳ることができるという寸法だ。
「キールくん、結局、聞いてみればってところだったわね。こんなことで、王子が殺され、父王が処刑される寸前だったなんて――」
『疾風』の表情に悔しさと情けなさが同居している複雑な色が浮かんでいる。
キールからすれば、そんなものだろうと思わないこともないのだが、これまでに様々な国々で出会ってきた各王国の王族貴族たちが全てそういうものではないことも知っている。
(ちょっとしたボタンの掛け違えで、こういうことが起きてしまう――。それが、王国という統治システムの弱いところなんだろうな)
と、キールは分析している。
キールが属するメストリル王国は現在『英雄王』の治世であるが、次期国王はいまだ決まっておらず、王位継承者となるべき親族も居ない。
つまり、『担ぐべき神輿』がないため、王位継承者争いが巻き起こって貴族たちが対立するという構図は起きにくいかもしれない。
が、もし突如として『英雄王』が崩御した場合、次期国王の座を巡って、混乱が巻き起こることを否定できない。
(ミリアのお父さまや『氷結』たちがいるから滅多なことにはならないとそう思いたいけど、実際のところは結局その時にならないとわからない話だ――)
『疾風』もまた、自分の国であるシェーランネルの行く末に思いを馳せた上でのこの表情なのかもしれない。
「リシャールさま、もうよろしいですか? 僕にも聞きたいことがありますので、代わりましょう――」
キールのその言葉に、短く頷く『疾風』。
キールは、その辛そうな表情から無理やり視線を逸らして、カイル王子に問いかけることにする。
「聞きたいことがある。あなたは、ここ最近、『赤い宝玉の欠片』のようなものをどこかで見た覚えはないか?」
「赤い宝玉の欠片――。ああ、目にしたことがある。たしか、レスター公が持っていたはずだ。なんでも、運気を高める特別な効果がある石だとか言っていたな――」
『ビンゴ!』だ――。
おそらくそれが『竜芯』だろう。
「キールくん?」と、『疾風』が訝し気な視線を投げてくる。
もちろん、質問の意味が不明だからだろう。
キールは、唇に指を当て、あとで詳しく話すという意を伝え、
「聞きたいことは他にありますか?」
と、『疾風』に問い返した。
「――いえ。あ、一つだけ――いいかしら?」
「どうぞ――」
『幻覚魔法』の制限時間が迫っているが、一つぐらいなら大丈夫だろうと判断し、『疾風』に許可を下す。
「あなたは兄上を殺して後悔していないの? 他に方法は無かったの?」
カイル王子は変わらず中空を見つめながら、しかし、明らかに変化を見せる。
目から涙があふれ、頬を伝い始めたのだ。
『あなたは、なんて馬鹿なことをしたの。兄上はあなたを貶めるようなことなんて絶対にしないということを、あなたは信じることができなかった。兄上と父上を信じていれば、そんな二人の口車に乗せられることなどなかっただろうに――。愚かな息子――』
カイル王子は夢の中で、母上から叱責を受けていた。
しかし、その直後、母上はカイル王子の頭を抱きかかえ、
『――可哀そうなカイル。馬鹿なカイル。でも、もう過ぎてしまったこと。あなたは一生この業を背負っていかなければならないのよ……』
と、そう言って髪を撫でてくれていた。
「ごめんなさい、お母さま――。俺――僕は、本当に馬鹿だった。兄上、父上にはもうなにを言っても伝わらない――」
カイル王子は涙を流しながら、『疾風』の問いにそう答えた。




