第907話 『疾風』と『稀代』の作戦行動
断られる――そう思っていた。
(まさか、こんな展開になるなんてな――)
『疾風の魔術師』こと、リシャール・キースワイズと二人きりで作戦行動を行うなんて、夢にも思っていなかったキールは、少々胸が高鳴っている。
「キールくん、私の『蜃気楼の風幕』で、あなたと私の姿を隠すわ。あとは体術の方だけど――って、大丈夫よね?」
「城内に進入するのにってことですよね?」
「ついてこれる?」
「一応、『氷結』の弟子ですから――」
「ふふっ、そうだったわね。出来るだけ簡単なルートで行くから、頑張ってついてきなさい――」
「はいはい、お手柔らかに――」
そのやり取りが終わると『疾風』はさっと跳ねた――。キールも同じようにリシャールの後に続く。
城壁をひょいひょいと飛び移りながら登ってゆく『疾風』。
彼女が足掛かりにしている場所を記憶しつつ、キールもその後に続いて登ってゆく。
間もなく、城壁の上に到達すると、今度は屋根を駆けてゆく――。
『疾風』の魔術式『蜃気楼の風幕』によって、彼女の姿が揺らいでいるため、少しでも離れたら、見失ってしまうかもしれないと必死でついていくキール。
正直、これほど見えにくくなるのなら、正面からでも行けそうな気がする。
そのぐらいに、この偏光魔術式の精度が高すぎるのだ――。
(『疾風』の呼び名が、剣術によるものだって誰が言ったんだ? とんでもない――。この人は剣なんかなくても、超級の『風魔法使い』だ――)
『疾風』という呼び名が、魔法剣士である彼女の戦闘スタイルからつけられたものと、前にどこかで聞いた覚えがあった。
しかし、それは、彼女の一面しか表していないことをキールは今、身をもって体験している――。
『疾風』はこともなげに王城の屋根をつたい、壁を駆けあがり、あっという間に、目的の部屋へと辿り着く――。
カイル王子が寝ている部屋の場所は、ランバート国王から聞いている。
「余裕ね――」
「とんでもないですよ。必死です――」
「開けるわよ――」
『疾風』はそう言うと、ガラス窓の一部を割る――。
そんなことをしたら、音が立つんじゃないかと一瞬危惧したキールだったが、それすら、取り越し苦労でしかなかった。
窓の一部がはらりと崩れるが、音は全くと言っていいほど立たなかったのだ。
「どうしたの?」
「あ、いえ、そんなこともできるんだなぁって、ちょっと、驚きました――」
「キールくんも『風体系魔法』の修業したら?」
「いや、どこまで行っても、追いつけない気がしてるので、やめておきます――」
「そう? 私のところに来れば、手取り足取り、稽古つけてあげるわよ?」
「そんなことしたら、『氷結』に抹殺されかねない気がするので遠慮しておきますよ」
そんなお喋りですら、おそらくは二人以外には誰にも聞こえてはいないのだろう。
(本当に、隠密行動は三大魔術師随一と自分で言うだけのことはあるな。間違っても『火炎』にはこんな繊細な術式ができるとは思えないしな――)
一瞬浮かんだ『火炎の魔術師』ことゲラード・カイゼンブルグの「馬鹿笑い顔」を頭の中から追い出すキール。
部屋に侵入した二人は、すやすやと寝息を立てているカイル王子(もちろんキールは初めて見るから本人かどうかはわからないが――)のそばへと進む。
そして、二人はカイル王子が目を覚ましても視界に入らない位置――カイル王子の頭の方へ位置をとった。
『疾風』の影が揺れると、カイル王子はベッドの上に座っているような格好に起き上がらされる――。
「ん――! んん!!」
カイル王子が何ごとか言葉を発しようとしたが、「音」が出ない。
キールはそれも『疾風』の術式なのだろうと察し、自分の役割を実行することにする――。
『疾風』が自分を伴うことを決断したのには、ちゃんとした理由がある。
『疾風』がキールを伴っていくと決断した最大の要因、それは、キールの『幻覚魔法』だ――。
『脅迫や拷問をせずに、しかも、記憶すらうやむやにできるなんて、最強の『尋問官』だもの――。ついて来てくれるなら、願ったりかなったりよ』
とも、『疾風』は言っていた。
キールは、カイル王子に『幻覚魔法』を施す――。
そもそも、この『幻覚魔法』は、少量の魔素を対象の頭に流し込み、文字通り『幻覚』を見せるというものだが、上手に使えば、その人が見たり聞いたり考えたりしていることを聞き出すことすら出来てしまう。
ただ、あくまでも「本人の見え方や考え方」であるため、『真実』とは限らない。
キールが魔術師として生きることになった「始まりの魔法」でもあるのだが、その性質上、それほど多用しているわけではない。
(結構疲れるしな――)
ともあれ、キールが『疾風』について行こうと思ったのは、『疾風』の腕前を間近で見ることが第一目的――ではない。
キールにはキールでここで聞き出さなければならないことがある――。
『竜芯』――。
今回の『神の試練』の『鍵』とも言える、赤い宝玉、もしくはその欠片――。
カイル王子がクーデターを決意したことと、おそらく何らかの関連があるはずなのだ。
でなければ、『『竜芯』が人にどういう影響を及ぼすかを調べ、『政変』と『竜芯』の関係を解き明かす』なんて、試練が課されるわけがない。
術式は完全に掛かった――。
カイル王子は、ベッドの上に座ったまま、ぼうっと中空を見つめている――。
「リシャールさま、どうぞ、質問を――」
キールはまず、『疾風』に問いかけてもらうことにする。
「――わかったわ。じゃあ、お先に――」
『疾風』はそう言うと、カイル王子への『質問』を始めた。




