第906話 釣られるキール
「態勢が整うまでは、この公邸でじっとしているのが賢明でしょう。陛下のお味方が集まったら、計画を実行しよう――」
キールくんがそう話をまとめた。
リシャールもこれに同意する。
このままだとメストリルの関与が明らかになる可能性が高いけど、そこは『英雄王』の国だ。おそらくあのお方であれば、事情を知れば、『了』と返事をすることだろう。
(まだ少し時間はある――。その間に私に出来ることがあるかもしれない)
そもそもこの『政変』だが、元々のきっかけは何だったのか?
それがわかれば、打つ手も見いだせるかもしれないとそう思ったリシャールは、国王ランバートに問うてみることにした。
「陛下――。そもそもカイル王子はどうしてアルランド王子を嵌めたのでしょうか? なにか思い当たることはございませんか?」
「それが、我にも分からぬのだ。アルランドとカイルは確かに考え方は違ったかもしれぬが、いがみ合っていたわけではない。それに、カイル自身がまさか王位に興味があったなどとは思いもよらなかった――」
「でも、王子なら、王位につく可能性があるのは必定。カイル王子が王位に興味があったとしても不思議ではないと思われますが?」
「――いや、むしろ、アルランドがそうたしなめているところを見たことがあるほどだ。カイル自身は、気ままに不自由なく暮らせるならそれでいいと笑い飛ばしておった。兄上が居れば私はそれが出来ます――といってな」
「つまり、国王になれば多忙を極めるから、アルランド王子が順当に即位してくれる方が望ましいと、そうお考えだったということでしょうか?」
「――まあ、心の内ではどう思っておったかは本人にしかわからぬことだが、我には、兄王子の即位を心底願っているように見えておったのだがな――。だからこそ、せめて国政の一端を担える人物となり、将来的には兄王を支えられる力をつけさせようと、ひとつ、策を練っていたところだったのだが――」
「策? 具体的にはどのようなことを?」
「あれは、放蕩なところもあるが、好奇心も旺盛でな。実は、冒険者ギルドに相談して、諸国視察団を結成しようかと考えておったのだ。特に最近経済政策や工業技術等で目覚ましい成果を上げているヘラルドカッツやメストリルを皮切りに、それこそ大陸中を視察してまわるということを考えていたのだが――」
「そのことは、カイル王子には?」
「もちろん話しておいた。カイルは珍しく瞳を輝かせておった。あれは、アルランドに比べて自分が劣るとそう考えている節があったのでな。あれほど意欲的なカイルを見たのは幼き頃以来かもと思えたほどだ」
それが演技ではなく本心から出た反応だったというのなら、どうしてわざわざ王位に就こうと思ったのだろうか?
リシャールには、やはり何かまだ明らかになっていない部分があるように思えてならない。
「キールくん――。悪いけど、もう少し、作戦の決行を待ってもらえないかしら……」
「何か気になる事でもあるんですか、リシャールさま」
「このままカイル王子を糾弾すれば、おそらくカイル王子は死罪を免れない――。それだと、本当にこの国の王家が途絶えてしまう可能性があるわ。私はもう少し何か出来ることがないか探ってみたいの」
「――わかりました。リシャールさまがそう言われるなら、まだ何か出来ることがあるかもしれませんね――。でも、国王陛下が失踪したことがバレたら、相手もそれなりに手を打ってくるはず……。それほど時間の余裕はないかもしれませんよ?」
「もちろん、わかってるわ――。ありがとう。ミリア、今夜は私、留守にするから……。遅くても夜が明けるまでには戻ってくるわ」
リシャールはミリアに向き直るとそう告げる。
「王城に忍ぶつもりですか――?」
と、ミリア。
「ふふ、そうね。カイル王子と話してくるわ。場合によっては、ユーデルフォン院長とレスター公にも、ね」
と、リシャールは片目をパチンと閉じて見せた。
「お気をつけて――。といっても、リシャールさまが本気で忍ばれるなら、心配はないでしょうけど……」と、ミリア。
「そうね。隠密行動では『三大魔術師』の中でも随一と自負してるからね。もっとも、次世代の超絶魔術師『稀代』に少し煽られている気がするけど?」
「え? 僕なんか、まだまだですよ。本当は付いて行ってそばで見せていただきたいぐらいですが、お邪魔でしょうし――」
と、キールくんが言った。
「え――」と、ミリアが、小さく言葉を漏らす。「キ……」と、ミリアが次の句を告げるより早く、リシャールは、先手を打つ。
「いいわよ、付いてきなさい。手ほどきしてあげるわ?」
「あ――」と、ミリアが嘆息する。
(ごめんねミリア、ここは彼の力を測るのに絶好のチャンスでもあるわ。悪いけど、この好機は逃さないわよ?)
「――あ。ごめん、ミリア。でも、僕も『疾風』の技術を近くで見れるなんて、またとない機会だからね。せっかくだからついて行くことにするよ――」
と、キールくんもその気になっている。
「――――」と、ミリアが少し言葉に詰まる。そして、その綺麗な瞳がリシャールの瞳に突き刺さる。
(ここは引けないわよ、ミリア。覚悟なさい――)
リシャールはそう念を込めて見返す。
「――そう、ね。わかったわ。でも、もし危なくなったら、絶対に逃げ帰ってくるのよ?」
と、ミリアがキールくんに視線を移してそう告げた。




