第905話 リシャールの懸念
「キールくん、リーンアイム殿、お疲れさま――。私からも礼を言うわ」
リシャールはそう言って二人に頭を下げる。
そもそも国王陛下の救出を言い出したのはリシャールだ。
だが、リシャールが事を起こして露見すれば、それは即刻、本国シェーランネル王国と、このケライヒシュール王国との間での国際問題に発展することになる。
リシャールはそれでも自力で何とかしようかと思っていた。が、そこへキールが現れた。
まさしく、『渡りに船』――。
それにしても、このうら若い超絶魔術師の大胆さよ――。
これほど困難な隠密行動をこなせる魔術師など、世界中探してもそうそう居るものではないだろう――。
しかも、周囲の様子から見て、王城のものたちはまだ気が付いていない節もある。
あの北の尖塔から、周囲に気づかれることなく、人ひとりを「盗み出してみせた」ことになるのだ――。
(ほんと、この子が盗賊の類いだったらと思うと、背筋が凍る思いだわ――)
もしくは、暗殺者のような者だったら――。
リシャールは、思わず身震いする。
キールが魔法に目覚めたあと、程なくしてミリアが彼の存在に気が付いたと聞いている。
そこからミリアとキールの関係が始まったと言っていたが、もしこれが、ミリアでなければ、あるいは、そういった道に進んでいた可能性だって否めない。
(私たち『三大魔術師』は、ほんと、ミリアには助けてもらったと思わないとだわね)
リシャールは、ミリアの方に視線を投げる。
当のミリアは、怪訝そうな目で見返してくるが、リシャールは、「ありがとうね」と、ひとこと言葉を掛け、
「――キールくん、それで、その協力してくれそうな貴族たちだけど、どのぐらいで集められそうなのかしら」
と、本題の方へ話を進めようと試みる。
「エルルート大使館からの第一報が先程届きまして、元農林大臣のレシルト・ジュライ伯爵がすでに手勢を率いてこちらに向かって発ったと聞いています。その他、元近衛兵団副団長のジンバ・ガッシュ殿も、元兵団員たちにすぐに参集をかけ、明日のうちにはこちらへ向けて出立する予定と聞きました――」
と、キールが答える。
なるほど、陛下の人望はまだ地に堕ちてはいないということか――。
「――本当に感謝しかないが、その程度の手勢では、王城を占拠することは叶わぬだろう。しかしそれでも、我はやり遂げねばならぬ――」
とは、ランバート陛下。
「陛下――。このリシャールが嗾けたこと。私も陰ながらお支えいたします――」
リシャールは最初からそのつもりだ。
どのみち、ランバート陛下が追い落とされれば、本国とケライヒシュールの関係の悪化は免れない。
どころか、ゆくゆくは本国に危機が及ぶ可能性すらないとは言えないのだ。
本国にはあとで適当に話を伝えればいい――。
リシャールはすでにそう割り切っている。
「――まあまあ、そんなに逸らないでください。要は、陛下がまだ『禅譲』していないことを世間に知らしめればいいだけのことじゃないですか。そうすれば、カイル王子たちは自然と『反逆者』の汚名を着せられます――」
そう言ったのは、キールだった。
「――手勢は事を大きくするのに必要な数で充分です。あとは、カイル王子側の出方次第ですが、街のど真ん中で剣を振りかざしてきたら別ですが、そうでもない限り、王城の中には入れるはずですよ」
たしかに、その可能性は大きい。
しかし、そうなると、ケライヒシュール王家で起きた政変の全容が、民衆たちの耳目を集めることになる――。
キールくんの考えていることは正論だけど、王家にとっては死活問題でもあるのよ。場合によっては、平民たちがケライヒシュールから隣国へと移ってしまい、経済が立ちゆかなくなる恐れだってないとは言えない。
リシャールは、今のキールの言葉を聞いた陛下の反応を注意深く伺う。
「――『稀代の魔術師』か。なるほど、まさしく、キール殿を形容するにふさわしい『二つ名』であるな……。この『二つ名』の名付け親は、キール殿の本質をよく見抜いておられたのであろう」
ランバート陛下がまずそう言った。そして、
「――今回の『政変』……いや、『騒動』は確かに我の無能さを示す汚点となるであろう。が、我は今までよりもこれからの事を考えねばならぬ。今回のことで我が玉座を降りることになるのなら、それも受け入れる覚悟はすでにできている……」
ランバート陛下の声は静かに、しかし強く、そう響いた。
「キール殿の案に乗ることに決めた――」と、ランバート陛下が宣言した。
(――キールくんらしい案だけど、貴族のプライドがどう響くか……)
陛下の心は固まっているのだろうが、受ける側のカイル王子の心情までは読めない。
場合によっては逆上し、民衆をも巻き込む戦闘になる可能性すらある――。
リシャールはまだ、自分に出来ることはないかと思考を巡らせていた。




