第904話 多ければいいというわけではない
「ありがとうございました、ハインツフェルト卿。このウナイもとても勉強になりました。さすがは『七彩光』と呼ばれる魔術師――。呼び名にふさわしい素晴らしい実演でした」
と、ウナイ院長が教壇を降りたミリアに手を差し出してきた。
ミリアはその手を取り、握手を交わすと、
「いえ、まだまだ私も修行中の身です。『三大魔術師』と呼ばれる方々に少しでも近づきたいと、日々精進しております」
と、何気に傍でミリアの様子を見ていたリーシャこと、『疾風の魔術師』への敬意を示す。
「彼らの話は知らぬものはおりませぬからな。しかし、ミリア殿はもう既に肩を並べておられるように私には見えましたぞ?」
と、おべっかを使っていい寄ってくるウナイ院長。いつの間にか、ミリアの右手は、ウナイの両手のひらに挟まれている。
「おい、ウナイ。いい加減に手を離せ――。ミリア殿が困っておられるではないか――」
そう声を上げたのは、カイル王子だ。
「はっ! これは失礼いたしました。ミリア殿、どうぞ、お茶をご用意させましょう」
と、慌てて手を離すウナイ院長がミリアを促す。
「心遣いありがとうございます。ですが、今日はこれにて失礼しようと思います。ウナイ院長、今日の演習は私にとってもとても良い経験になりました。また機会があれば是非立ち寄らせていただきます。それでは、失礼いたします――」
ミリアは畳みかけるようにそう言うなり踵を返すと、その場を辞した。
『リーシャ』もまた、ミリアの後に続いた。
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「キールは戻ってる!?」
ミリアはメストリル公邸に入るなり、そう叫んでしまった。
「ミリア、戻ってるよ――」
キールがそう言いながら、姿を見せると、
「リシャールさま、任務完了です――」
と、そう言って、リビングの中を指し示す。
ミリアもリビングの中に視線を向けると、そこには、ランバート王とリーンアイムが向かい合って座っていた。
「ランバート陛下――。ご無事で何よりです――」
ミリアがそう声を掛け、ランバートの前に進み出る。
「おお、ミリア殿か――。そなたも来ておったのだな?」
「はい。お体の調子はいかがなのですか――?」
「窮屈な部屋で本を読むぐらいしかできなかったからの。少し運動不足といったところだな」
「そうですか。今晩は部屋を用意させますので、ごゆっくりとお休みになってください。ここへは貴国の兵といえども立ち入ることは許されませんから、安心してください」
ミリアのその言葉にランバート王はにこりと微笑みながら、
「ありがとう、ミリア殿。しかし、君は相変わらず優しくて美しいな――。うちの息子どもが優秀であったら、ぜひ王太子妃として迎えたかったほどだが……」
と、そこまで言うと、『リーシャ』の方へと視線と体を向ける。
「――リシャール殿。昨日は不甲斐ないところを見せてしまった。しかし、昨日そなたに言った言葉に二言はない。我は玉座に戻り、今回のクーデターの全貌を解き明かさねばならぬ使命がある――」
と、そう言った。
「ランバート王から聞いて、力になってくれそうな地方貴族を数名上げてもらった。すでに、エルルート大使館が動いてくれているよ」
と、キールがそう補足した。
「態勢が整い次第、王城に乗り込むという寸法だ――。まったく、逃げてきたところに帰るとは――。愚かにも程があるわ――」
キールの後に続いたのは、腕組みをしていつもデリウス教授の椅子に座っている態勢と同じ格好のリーンアイムだった。
「相変わらずの皮肉屋さんね、リーンアイムは。今日はお疲れ様。手伝ってくれてありがとうね?」
と、ミリアはリーンアイムを労う。
「ふん、小僧を二度ほど上空から落っことしてやったから、少しは気が晴れておる。これで美味いものがあればなおいいのだが、な?」
「二度?」
「お前――、やっぱり、面白がってやってやがったな? ミリア、こいつ、僕を昨日も今日も、上空数百メートルから地面に向けて落っことしやがったんだ。信じられるか――? しかも今日は、自力で着地したんだぞ? 尖塔の渡り廊下の屋根にね!」
ミリアは昨晩キールが突然バルコニーに現れた理由を今ようやく理解した。
(なるほど――。超高度降下で侵入したのなら、直前まで気が付かないのも仕方なし――か)
でも、魔術師なら、基本的にはどんなに高いところから落ちても、まず死ぬことはないはずなんだけど――。
「キール、『熱風噴射』の魔術式、練習サボってたでしょ――」
「う、ぐ……」
「はあ~。だから言ったじゃない! しっかり練習しときなさいよって! あなたも『竜乗り』なんだから、いざという時に落下死なんてしないようにって、あれだけ言ったのに――」
「すいません。これからはちゃんと練習します――」
「そのくせどうせ、『二連生成』とかやったんじゃない?」
「う……」
『二連生成』――。
錬成「4」魔術師のみが実現できる、合成魔術式を二つ同時に生成する技法で、『三大魔術師』が別格とされる根源的な超技術である。
もちろん一つよりは二つの方が威力は増す。
が、3つでも錬成の制御が難しいミリアからすれば、それを4つできるからといってやるのはどうかと思うこともある。
魔法というのは、1に精度、2に精度だと、ミリアの師である『氷結』院長も口酸っぱく言っていた。
「ミリアの想像通りだったぞ? まあ、かろうじて渡り廊下の屋根にしがみついて、落っこちはせんかったがな。ははは!」
と、リーンアイムが笑った。




