第902話 キール、落ちる
キールの身体が自由落下を開始する――。
「垂直降下」といえば簡単な話だが、そうはいかない。
(まずは、体勢を整えないと――)
キールは体にかかる圧力に耐えながら、なんとか、両手両足を伸ばす――。
いわゆる「腹ばい・うつ伏せ」の状態を維持しつつ、身体の使い方で、姿勢を制御し、体勢を安定させる――。
(よ、よし――。あとは、どう着地するかだ――)
身体の制御が整った後は、圧力の増加も抑えることができた。これで、気を失うことは無いだろうが……。
(どっちみち、着地を失敗すれば、ぺしゃんこだ――)
魔法を使わなければ、どのみちキールにはどうしようもない。
しかし、大仰な魔術式を使えば、さすがに感知される可能性がある――。
最小限度の魔力で、着地の衝撃をどう逃がすか――?
一番手っ取り早いのは、『物体移動』を使用して、地面すれすれで横に飛び、衝撃を和らげる方法だ。
アステリッドに聞いたことがある――。
が、その場合、直前で魔法を発動するため、気づかれる可能性が非常に高い――。
(――ったく、こんなところで、使うことになるなんてな!)
前々から練習してはいたが、成功率はあまり高くないその術式をキールは使う決意をする。
『熱風噴射』――。
術式は簡単だが、制御が非常に難しい――。
通常は生身の身体である手のひらを触媒とする魔術錬成を、靴を履いている足裏でやらなければならない。
しかも、ただの「風素系魔法」ではなく、そこに「火素」を加えて急激な熱膨張を起こし、「超圧力噴射」を生み出す――。
「風」+「火」の二つの錬成を、両足二組で行う必要があるため、錬成「4」魔術師しか不可能な術式だ。
それに何より、これを行うには、体勢を変えなければならない。
(足を下に向けた瞬間に、速度が増す――。断続的に『噴射』を行いながら、速度を下げる――!)
行くぞ――。
キールは意を決して体勢を変える。
足を縮めた瞬間、身体が空中で縦回転を始めた――。
「ぐ、ぐぅ—―! 『熱風噴射』――ぉ!」
両足の裏から、ずおぉおっと超圧力の熱風が噴射される。
(よ、よし――! 一回目はうまく行った――!)
が、速度は弱まったが、まだ、速すぎる。
『熱風噴射』――!
二回目は不発――。
『熱風噴射』――ぉ!!
三回目は噴射完了――。だが、まだ、充分に速度は落とせない。
(次、失敗したら――)
お城の屋根にぶつかるため、さすがに最後の手を使うしかないが、そうなったら、最後、さすがに感づかれる――。
次発動したら、ギリギリまで引っ張る――しかない!
(行くぞ――!)
『熱風噴射』――ぉ!!
発動した!
体勢を――整えるんだ!
足を地面に対して垂直に保って――、速度を最大限落とす――!
(と――、と、ま、れぇえええ!!)
ずおおっと足裏から噴射する熱風をその足裏で制御しつつ、身体がひっくり返らないように制御する――。
(これ以上は、近すぎる――っ!)
キールは意を決して術式を解除する。
あとはもう、自分の体術を信じるしかない!
『氷結』との訓練の中で身につけた、受け身の体術、『浮身』――。
そもそもは、相手から打撃を受けて飛ばされた後、地面に叩きつけられる際の衝撃を逃がす体術だ。
今回のは、打撃をくらった程度の衝撃ではないはずだが、魔法を使わない方法としてはこれ以外にない――。
(くっそお、リーンアイム! 死んだら恨むからなぁ――!)
北の尖塔に続く渡り廊下――。
それが着地点だ。着地後、すぐに渡り廊下に滑り込み、衛兵に『幻覚魔法』を掛ける――。
屋根が迫る――。
(いっけっぇえ!)
がつ! がっがっがっ――!
(とまれぇええぇ!!)
最後にはキールは屋根の上でふわりと跳ね、屋根から滑り落ちそうになる。
(くあぁあ!!)
思いっきり手を伸ばし、屋根にしがみつく。
(と、とまったぁ――……。あ、安心している暇はない!)
キールはすぐに体を翻して、渡り廊下に滑り込む――。
「な! 何やつ――!?」
「大丈夫――、君は何も見ていない――」
「な? なにを言って――……、はい、私は何も見ていません。今日もいつも通り何ごともありません――」
衛兵はそう言って、自分の立ち位置に何ごともなかったように戻ってゆく――。
(ふぅ――、『幻覚魔法』が効いたな……。時間は5分ほどしかないから、急ぐぞ――)
キールは、衛兵の横を通り過ぎ、扉に手を掛け、中に入る。
尖塔のらせん階段を上に登ってゆくと、そこには部屋があり、その部屋の椅子に、50代後半ぐらいの王族らしき男が座っているのが目に入った。
「今度は男か――。お前も魔術師か――?」
「お初にお目にかかります、国王陛下――。僕は、キール・ヴァイスと申します」
「キール……、まさか、メストリルの『稀代』――?」
「あ、はあ、まあ。ただの野良魔術師ですよ。助けに参りました。すぐにお立ちください。時間がありません――」




