第901話 『訓練』と『実践』
翌日――。
ミリアは、国家魔術院院長ウナイ・ユーデルフォンにケライヒシュール王国の国家魔術院の視察を願い出た。
急に言い出したことなので、断られても当然と思っていたのだが、返事は予想に反して「快諾」であった。
この国の国家魔術院もメストリルと同じように王城とほぼ同じ建築群の中にあるため、昨日と同じく、『リーシャ』こと、リシャールさまを従者として伴っていくことにした。
ジュリアンは、今日はいない。
(キールはリーンアイムが北の尖塔へ連れて行くという話だけど――。大丈夫かしら――)
ミリアは少々心配するが、よくよく考えてみたら、昨晩も窓の外に来るまで全く気が付かなかったのだ。
この国の魔術師レベルがキールを捕捉できるとは思えない。
(まあ、いざとなったら、『幻覚魔法《奥の手》』を使うのでしょうけど――)
国王の救出はキールに任せておいて、結局のところ、二人は『陽動』ということになったわけだ。
『それにしても、こんなにあっさりと了解が取れるなんて――。少し気味が悪いかな……』
と、ミリアが最小限の魔力を使用して、『リーシャ』に魔法通信を試みる。
『――いえ、そんなに構える必要は無さそうよ。『快諾の理由』もご一緒におられるようだから』
と、リーシャが返してくる。
視線の先、院長の隣に姿を現したのは、第二王子のカイル殿下だった。
『ほらね――。言ったでしょ? ミリアのことをたいそうお気に入りだって――』
と、リーシャが意地悪い言葉を飛ばしてくる。
ミリアは周りに聞こえないように小さく溜息をつく。が、今日は魔術院の視察だ。昨日のお食事会の時のような愛想笑いを振りまく回数はぐっと減るだろう。
ウナイ院長が二人を魔術院の中庭へと案内する。
ミリアとリーシャ、そして、カイル王子も一緒にウナイ院長に続いた。
「あ、あー、諸君。今日は隣国からスペシャルなゲストが我々の力量をご視察に参られた。皆、この機会にたくさんご指導ご意見を伺うとよいぞ? よろしいですね、ミリア殿?」
「ええ、もちろんです。私に分かる事であればなんでもお答えいたします――」
魔術院の視察とは昔からこういう慣例だ。
最初に訓練風景の見学、それから、教示の時間があり、最後に演習が行われる。
教示はその時の状況によって、受ける時と施す時がある。
今回は、ミリアの方が魔法熟練度が高いということから、ミリアが施す側となるというのが、先程のウナイ院長の言葉で明らかになった。
本当ならリーシャ、いや『疾風の魔術師』ことリシャールさまがここにいるのだから、彼女の方が適任なのだが、リシャールさまは今、素性を伏せているため、その役を負えない。
(仕方がないけど、リシャールさまの前で魔法の指導をするなんて、少し緊張するわ――)
ただ、『視察』は結局のところ何のトラブルもなく、滞りなく進んでゆく――。
ミリアも久しぶりに、新米魔術師や、まだ熟練度のそれほど高くない魔術師たちの訓練風景を見て、知らず知らずのうちに身が入ってしまっていた。
(ふうん。なかなかに筋の良い魔術師もいるのね――。でも、やっぱり、ウォルデランやシェーランネル、それからメストリルの魔術院の敵ではないと言ったところかしら――)
ヘラルドカッツ王国の国家魔術院の訓練風景はまだ見たことがないが、あそこはそもそも世界最高峰の国家魔術院といわれるほどで、抱えている魔術師の数も圧倒的に多いから、比率的に優秀な魔術師も多くなる。
今日訓練に参加している人たちがここの魔術師の全員ではないだろうが、それにしても、たいして数は多くない。せいぜい10人程度のものだ。
メストリルも多くはないが、訓練参加人数はそれでも20人ほどはいる。
ヘラルドカッツだと、詳細は明らかではないが、100人は下らないらしい。
もちろんだが、こういう視察の際に、「全て詳らかに」見せてくれるわけではない。
だが、推して知るべしというところはある。
「よおし。それまで! 次は、『教示』をいただこう。――お願いします、ハインツフェルト卿――」
指導教官らしき男が号令をかけ、ミリアの方に教壇に上がるよう促す。
これまでにも、仕事柄、こういう場に招かれたことが多いミリアは、すっと自分の席を立つと、教壇の方へ進む。
「ご紹介に預かりました、ミリア・ハインツフェルトと申します。現在のランクは、錬成「3」上位クラスです。ご質問があれば、何なりと申し出てください――」
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『小僧、早速、予行演習が役に立つとはな?』
と、リーンアイムが嬉々とした声で、キールに語り掛けてくる。
今キールは王城の上空数百メートルの位置にいる――。
リーンアイムの背に跨り、この位置まで上昇してきたのだ。地上からはよほど目を凝らさない限り気付かれることはないだろう。
「――ったく、尖塔に上る手段が、城内からしか無いって……。リシャールさま、それでよく俺にこの役目をさせようと思ったな――」
城外から壁や屋根を伝って到達できる経路は無いと、昨日リシャールさまが「視察済み」だという。
悪態をつくキールだが、任されたものは仕方がない。
「リーンアイム、信じてるからな――?」
『ん? なにを期待しておる。今回は助けぬぞ?』
「へっ?」
『落ちる時の感覚はすでに昨日経験しただろう? あとは、お前の力量なら問題ないはずだ。気を失わなければ、なんとかできるだろう』
「おい! ちょっとまて――!」
『では、死ぬなよ? 小僧――』
次の瞬間、キールの身体がふわりと宙に放り出された――。




