第899話 リーンアイムの仕返し
キールたちがケライヒシュールに到着した時、すでに日はすっかり暮れていた。
ミリアがメストリル公邸に宿泊していることを、『氷結』から聞いていたキールは、とりあえずそこを目指す。
が、こうも日が暮れてしまっては、表から堂々と訪問することに気が引けてしまう。
いくら、『英雄王』や『氷結』、『政務大臣』などの国家の重鎮と知り合いだとはいえ、キール自身は『一介の平民』に過ぎない。
「こんばんわ~。ミリアさんいますかぁ?」
などと訪ねては、ミリアの品位にも関わるというものだろう。
(仕方がない――いつものやつで行くか……)
キールがリーンアイムに少し街はずれに降ろしてくれと告げると、リーンアイムは、
「面倒なやつだな? 要は屋敷のものに勘付かれねば良いのだろう?」
と、そう言うと、目的の公邸の真上まで飛んで空中で滞空する――。
「ちょ!? もしかして、お前――」
「大丈夫だ、我を信じろ――。行くぞ?」
「ちょ! わ、わわ! わぁああ~~!」
リーンアイムはその空中で一気に姿かたちを変化させたものだから、キールはもちろん空中に投げ出される。
「小僧――! そんなに喚いてたら、魔素感知で一発で見つかるぞ!?」
空中に投げ出され落下中のキールに対して、リーンアイムが揶揄い声で告げる。
「くぅ!? ぐ、ぎぎぎ……!」
キールはかろうじて声を堪える。
「おお、よいではないか。そのままあとは我に任せろ――」
(ま、かせろ、だ、とぉ~~! くそっ! リーンアイムの奴め! これはっ! 『意趣返し』のつもりかぁ~! ぬあぁあぁぁああ~!!)
完全に自由落下だ――。
たしかにこれであれば、「魔素感知」にはかからない。しかも、上空数百メートルはある場所からの降下だから、おそらく公邸のものは誰も気付けまい。
もちろん、このまま地面にぶつかって死んでも、もしかしたら人間だということすらわからないぐらいにぐちゃぐちゃに弾け飛んでしまうかもしれないが――。
徐々に近づく地面――。
さらに加速する落下速度――。
キールにかかる圧力もかなりのものになっている。体が軋みだす――。
(い、意識――が……!)
「よく頑張ったな小僧。ここまでだ――」
(リ、リーン、ア、イム――?)
次の瞬間。体へかかる圧力がふわりと遠のく、リーンアイムがキールの肩を掴んで、その背に生えた翼を羽ばたかせているのが目に入った。
キールはかろうじて意識を保っている。が、精神的疲労がもう限界を超えている。
地面がゆっくりと近づいてきて、やがて、キールの足が――。
(あ、足に力が、はいら、ない――)
キールは結局地面の上にへたり込んでしまった。
「くくく、どうだった、小僧。目的地にしっかりと届けたぞ?(小声)」
リーンアイムがキールの顔を覗き込み、いたずらな目でそう告げる。
「くぅ! お前! 死ぬかと思ったぞ!(小声)」
「情けない声を出すな、小僧。あのぐらいの高さから落ちても対応できるようにならんとな? 途中意識が飛びそうになってただろう? それじゃあ、魔術師といえども地面にぶつかって死んでしまうぞ?(小声)」
キールはぐっとリーンアイムを睨みつけるが、いつまでもこんなところで言い合いを続けるわけにはいかない。
キールは自分の足をぱんぱんとはたき、力が戻っていることを確かめると、ゆっくりと立ち上がる。
まだ、何かふわふわとしてて気分が悪いが、かろうじて堪える。
そして目の前の建物を見上げた。
ここは目的の場所、メストリル公邸の裏庭だ。2階の一室に明かりが灯っているのが見える。
おそらくミリアはその部屋にいるのだろう。
「リーンアイム。ありがとう、お疲れさん。ミリアがいるか確認したら合図するから、ここで少し待っててくれ――」
体術『跳動』を使って、キールはすいすいと2階のバルコニーへ上がる。
そして、中の気配を「魔素感知」で精査した――。
(2つ――? いや、二人か。一つはミリアで間違いない。でも、もう一つは――)
「魔素感知」にかかったのは二人の反応。もう一人の反応だが、どこかで見た記憶があるような気もするが、誰なのかはわからない――。
キールは意を決して、窓をコンコンと2度叩く。
この叩き方で、ミリアには自分が何者かが伝わるかもしれないとは思うが、公邸の職員に気付かれなければそれで構わない。
もし、今ある2つの反応のうちミリアでないものの方が、キールがここにいることを知られたくない相手だとしたら、何らかの対応を取るだろうと思ってのことだ。
しかし、数瞬後に、中で人が動く気配がして、窓の向こうにミリアが寄ってくるのがわかった。
「キール? キールなの?」
そう声が聞こえてカーテンが開く。久しぶりに見る彼女の顔が現れた。
「やあ、ミリア――」
「どうしてそんなところから――」
窓を開けながら、彼女が問うてくる。
「いや、もう時間も時間だから、公邸の人たちに心配かけたくないなって……」
「そんなこと、気にする必要ないのに――。あなただってもう、メストリル王国の重要人物の一人なんだから――」
「あはは。まあ、ほら、一応僕、平民だしね」
「ふう。そうね。それで? どうやって来たの? リーンアイムは一緒なの?」
キールは空を指さして、飛んできたことを示唆し、
「今、下で待機してる――。それより――」
と、キールは部屋の中に居たもう一つ人影に視線を移す。
その顔にはもちろん見覚えがある――。
「――まさか、リシャールさま。あなただったとは……」
呼ばれたリシャールが片目をパチンと閉じて相槌を打った。




