第896話 淑女たちと為政者たち
「――しかし、それで本当に民の為になるのでしょうか?」
リシャールは少し踏み込んでみることにした。
「陛下がおっしゃるように、たとえカイル王子が讒言に乗せられた結果行った非道だとしても、非道は非道です。カイル王子が国王に即位し、完全に権力を掌握すれば、それは、非道による結果です。人は非道であってもそれがうまく運べばそれは自身の力だと妄信する傾向があります。私には、そのようなものが良き国王になるとは到底思えません」
リシャールの声が辛辣に響く。
ランバート国王は、椅子に腰かけながら、中空を見つめている。
もちろんこちらの姿が見えないから、なんとなく声のする方へ視線を向けているだけだとも言える。
が、リシャールはそうではないと確信していた。
(膝の上に置いている両手が小刻みに震えている――)
ランバート国王は、悲哀の籠った目で宙を見つめ、必死に何かに耐えているようだった。
「――そう、かもしれぬな……。すべては我の無能から起きたこととはいえ、小さいながらも、この国を交通の要衝として繁栄させた領民たちには、心から感謝している。だが、我にはもう何かを変える力がない――」
「力があれば――」
「なんだと?」
「力があれば、カイル王子のクーデターを阻止し、陛下自身が身と心を犠牲にして、このケライヒシュール王国を立て直すその覚悟はある、そういうことでしょうか――」
「――――。もし、我にまだここを出て再び王座に戻る力があるのなら、カイルの罪を断罪し、兄殺しの重罪の罪を償わせてくれる。その結果として、我が家系が途絶えようとも、我は最後までこの国の王として振舞うであろう!」
「本気で仰っているのですか? もしそれが詭弁なら、私は陛下といえども許しませんよ――」
「――『東風』といえば春の訪れを表す暖かな風だと聞くが、我のもとに吹いた『東風』は、なかなかに厳しく冷たい風のようだ――」
リシャールは、その言葉の意味を理解してはっとする。
ランバート王は、こちらの正体をすでに見抜いておいでだったのだ。
「――――」
リシャールは言葉を継げずに押し黙る。
「――そなた、我に力を貸すか?」
ランバート国王がそう言った。
「――少し、考えさせていただきます。今日のところは一旦退きます。次もし私が来るその時までに心をお決めになっていてください。それでは――」
「ああ、少し待たれよ。――心よりお詫びとお礼を申し上げる。お詫びはそなたの友を救えなかったことに対してだ。そして、礼は、そなたの心遣いに対してだ。アルランドは本当に良い友人を持っていたとわかった。アルランドの友人でいてくれてありがとう――」
そう言い終えると、ランバート王は椅子から立ち上がり、腰を折った。
******
ミリアは、謁見の間に足を踏み入れ正面を見る。
カイル王子は玉座にすわり、ミリアの方へと視線を向けていた。
ミリアは視線を外さずそのまままっすぐに玉座の前まで進み出た。
「メストリル王国国家魔術院副院長、ミリア・ハインツフェルトと申します。本日は謁見の機会を与えていただき、誠にありがとうございます――」
まずは挨拶をする。
「ああ、ミリア殿。この度は当家に起きた不幸の連続に対しご心配いただき、感謝します。病床の父に代わり、厚くお礼申し上げます」
カイル王子の物腰は軟らかい。
「国王陛下のご容体は、いかがなのですか?」
ミリアは、単刀直入に問う。
「今も魔術院の治癒棟で容態を注視しているのですが、あまり思わしくありません。治療に当たっている者たちの話では、持ってあと数日というところだと……」
と、カイル王子の返答。
しかし、事前にリシャールから国王の本当の囚われ場所を聞いていたミリアは、カイル王子が嘘をついているか、本当に知らされていないかのどちらかだと判断する。
「――そうですか。せめて、穏やかな最期をお迎えになられることを心よりご祈念申し上げます」
と、沈痛な面持ちを作ってこれに応じた。そして、続けて、
「ユーデルフォン院長――。このミリア、幾らか治癒術の心得もあります。もし何かできることがあれば、いつでもお声をおかけください。できる限りのことはさせていただきます」
と、傍らに控えているこの国の国家魔術院長へ向かって告げた。
「ありがとうございます、ミリア殿。しかし、それには及びません。陛下の最期に際しては、我が国の魔術師たちで全力を尽くしております。お気持ちだけ頂戴しておきます」
と、こちらもやんわりと断られる。
まあ、こういうのは社交辞令だ。隣国の政府関係者が隣国の国王の治療に関わるなど、到底受け入れられるものではないことを、ミリアも承知している。
「――まあまあ」
と、この場の沈んだ空気を変える勢いで、口を挟んだのは、国庫大臣ヨーデル・レスター伯爵だ。
「陛下のご容体はここでこうして皆で項垂れていてもよくはなりません。こちらはこちらで、政治を停滞させず、混乱なく政治を進めなければなりません。できうることなら、陛下の容態が安定している日に、正式な譲位式を執り行い、カイル殿下に国王を継いでもらう準備を進めています」
国家魔術院院長と国庫大臣。
この二人がカイル派の重鎮だとリシャールさまも言っていたが、なるほど、この場を仕切るのもこの二人かとミリアは表情に出さず納得していた。




