第893話 ふたりのそれぞれの夜
自分の部屋に戻ったキールは、どうしたものかと思案している。
リーンアイムがユニセノウ大瀑布で『竜芯』を目にしていながら、『赤嶺石』だと言ったことは確かだ。
(気付かなかったのか――?)
その可能性を否定はできない。
あれが『赤嶺石』でなく、『竜芯』だったとして、じっくりと吟味している余裕もなかったかもしれない。
(知ってたにせよ知らなかったにせよ、結構、ナイーブな問題だな――)
もし、知りながら言わなかったとして、それが「わざと隠している」としたら、余計に単刀直入に聞くのはまずいだろう。
(仕方がない。今回の『試練の内容』については、『政変』が起きた実像を暴けというものだったとして、『竜芯』の話は、タイミングを計るか、リーンアイムから話すように仕向けるしかないか――)
キールはそう立ち回ることに決める。
それでもリーンアイムが口を割らないようなら、その時は問い詰めるしかないだろう。
(それより――。前に行ったユニセノウ大瀑布への探索の試練と、今回の試練。もし『竜芯』が関わっているのなら、繋がっていることになる。これはただの偶然か、それともその『竜芯』にこそ『試練』の目的が隠されているのか――)
待てよ――。
キールははたと思い出す――。
そう言えば前回の奈落の迷宮の時、『伏龍紋』という紋章に遭遇した。
竜が伏せたような文様がボス部屋の床に記されていて、結界を生み出していた。
その結界を解いて、『静謐の玉』を出現させ、『小宝石』をかざして異常を修復したのだが、あの時のボス戦でドロップした『赤嶺石』は、伏龍紋を起動させるために紋章に投げつけて粉砕したのだ。
(あれも、『竜芯』――だったのか?)
そう考えれば、初めからずっと、『試練』には『竜芯』が関わっている可能性があったことになる――。
ボウンさんは前に、僕の試練は『魔族との戦い』が主題ではないかとそう言っていた。
もしそうなら、『魔族との戦い』に『竜芯』が重要な要因になるということかもしれない。
(そもそも、『魔族』っていったいなんなんだ――?)
考え出したら、きりがない。
キールは、今日はここまでだと、区切りをつける。
(とにかく明日、ケライヒライクに向かうとするか――。向こうにはミリアがいる。ということは、ジョドとべリングエルもいるということだ)
『竜芯』がドラゴン族の遺物だというのなら、ジョドとべリングエルも知っているはずだし、リーンアイムも併せて3人を相手に問い詰めることもできるかもしれない。
昼には『氷結』の質問に対して、今回の『政変』には、「なにもしない」と答えてしまったばかりなのだが、まさか、半ば強制的に関わらされることになろうとは。
(あ~。『氷結』に黙って行くわけにはいかないよなぁ――)
明日朝一で、国家魔術院の『氷結』のところに行って、『訓練』の辞退と、ケライヒライク行きを伝えなければならないと思うと、少しお腹が痛くなってくるような気にさせられる。
(寝よ、寝よ。明日は明日の風が吹く――ってな)
そうしてようやく、キールは目を瞑った。
******
同時刻――。
ミリアは特大ベッドの上で身をよじる。
昼間、リシャールさまが変な事を言うものだから、余計な思考がミリアの頭の中を駆け巡り、一向に眠くならない。
(もう、ぜんっぜん、眠れないじゃない!)
仕方がなく、ベッドから出て、スイートの居間の方へ向かう。
居間にはたしか、ティーセットが用意してあったはずだ。
(クラーサでも飲んだら少しは落ち着くかも――)
そう決意して、一旦眠ることを諦める。
居間に用意してあったティーセットにクラーサの茶葉を入れ、ミリアは、手のひらを宙に這わせた。
「『水成』――。『火炎』――」
と、二つの魔法を同時に生成し、魔力をうまくコントロールする。
(意外と難しいのよね、これ――)
『お湯を生成する魔法――』。
原理はいたって簡単なものだ。『水成』で生成した「水」に、『火炎』で生成した「炎」をあて、熱を加えることによって「お湯」にするわけだが、『水成』+『氷結』の錬成魔法、『氷塊』よりも、調整が難しい。
(それに、戦闘魔法としては、たいして威力もないのよね――)
だから、魔術師の教練に際しても、この方法で「お湯を沸かす」なんてことは教わることはない。
難易度が高いわりに攻撃力が乏しいのなら、難易度が低く、汎用性も高く攻撃力もそれなりにある、『氷塊』の鍛錬を優先するのは当然のことである。
(――よし、うまく行った)
ミリアは、空中でぽこぽこと気泡を発生させる「水のかたまり」を,
慎重に制御しながらティーポットへと移した。
数分待って、紅茶が充分に色味を帯びてきたところで、カップに移す。
クラーサの甘酸っぱい香りがほのかに香ってきた。
ミリアは、ゆっくりとカップを口へと運び、一口すする。
(この『水成』って魔法にしても、『火炎』にしても、ちゃんと練習すれば、いろいろと役に立つんだろうけど――)
実際のところ、現在存在している国家魔術院はどこも、錬成「1」魔術師の訓練を行っていない。
しかも、魔術院員以外のものが魔法を使用することを原則として禁じている。
『お湯を沸かす魔法』のように、戦闘では有用ではなくとも、市民生活や仕事の面で有用な魔法もたくさんあるはずだが、あまり研究が進んでいないのが実情だ。
(こういう、普通の魔法が有用になる世界って、たぶん穏やかな世界なんだろうな――)
と、ふと感じたミリアだった。




