第891話 『七彩光』と『疾風』の密談
ようやく部屋の準備が整ったと、メイドの女性がミリアたちをその部屋に案内してくれた。
普段からあまり使われていないからと、この屋敷で一番大きなスイートを用意してくれていたらしい。
部屋の中は手入れが行き届いていて、いつ訪れるかわからない要人のために、常日頃から欠かさず用意を怠っていない、この屋敷の管理人と使用人たちの配慮がうかがえる。
「立派なものね――。素晴らしいお部屋だわ――」
といったのは、リシャールさまの方だ。
「本当に――。私も初めてなんですが、少し気分が高揚してきましたよ」
と、返すミリア。
「ちょっと、見ていいかしら?」
と、リシャールさまはもう、奥の扉の方へと歩きだしている。
「はい。どうぞ――」と、一応返すミリアだが、その前にもう、奥の扉に手を掛けていたリシャールさまは、その扉を開けると、ひと際高いお声を上げた。
「わあ! なんて広い寝室かしら! ミリア、ベッドもおっきいわよ? これならもしキールくんが来ても……」
「えっ!? ちょっ……!」
「ほらごらんなさいよ? 二人で寝ても充分――」
「リ、リシャールさま!? なにを、かんがえておられるのです!?」
「だって、ねぇ。こんなに大きなベッド、一人じゃもったいな……うぷっ」
「そ、そこまでです!」
ミリアはもう恥ずかしさに耐え切れず、リシャールさまの口を手で塞いでしまった。
「リシャールさま? そんな話をしに来たのですか?」
ミリアは少し眉間にしわを寄せて、諫める。
「――あ、ああ、そうだったわね。ほら、やっぱり、『師匠』としては気になるじゃない?」
「何の『師匠』ですか! 私が習ったのは、魔法や仕事のことで、「そっち」の手ほどきを受けた覚えはありません!」
くくく、と、喉を鳴らすリシャールさま。この方のこういうところはいつも通りの平常運転だ。
その後も、ひととおりの扉を開けては、やれ、クローゼットが広いだの、バスルームがどうだなどと感想を述べて回る。
そうしてようやく部屋の探索を終えた二人は、前室の隣の応接室のソファに腰かけた。
「それで? 一体何を手伝ってほしいと――?」
ようやくミリアは本題であるはずの話を聞けると安堵する。
リシャールさまは、応接室のローテーブルに用意してあった、焼き菓子を一つ摘まみ上げると、それを口に放り込んだ。
「実はね。私も今日のお昼ごろにここに着いたの。そしたら、メストリル公邸にミリアが到着したって報告が入ってね。これ幸いと飛んで来たってわけ――」
ミリアはあまりにタイミングよくリシャールさまがここに現れた理由を知る。
「それで、タイミングよく来られたのですね」
「あなたがメストリルを出て北へ向かったという報告があって、ケライヒライクか、カインズベルクかと網を張っていたのよ――。ああ、そんなことより、私の話の方だったわね?」
と、逆に「方向修正」をされてしまうミリア。
自分の動向まで把握されていることについては「今さら」のことだ。わざわざ問い返すことでもない。
リシャールさまとの会話は、ついつい「あっちへこっちへ」と話が逸れそうになるのは心得ているつもりだが、それでも、しっかりと前には進んでいる。
「はい。お願いがどうとか――」
「そうそう、『お願い』。ミリア、単刀直入に言うわね? あなた、国王代理のカイル殿下への『表敬訪問』できたのでしょ? 私を従者の一人に加えてほしいの」
「え? そんなことをしなくても、直接申し入れれば、『疾風』さまならお断りにはなられませんでしょう?」
と、ミリアは敢えて、『通り名』の方を引き合いに出す。
「私がここに来てるってことは知られたくないのよ――。それに、目的は、カイルに会うことじゃないから――」
「カイル王子に会うことじゃないんですか? じゃあどうして――あ……、まさか、そんな……。でもそれは……」
「ミリア。あなたの考えている通りよ。だから、王城にうまく潜入するつもりなの――」
リシャールさまの目的。
おそらくそれは、国王ランバート陛下との面会――。もしかしたら救出までも視野に入れているかもしれない。
「――本気、ですか? はあ、まったくもう。それで私には『時間を作れ』とそうおっしゃるつもりなのですね?」
「目的を達成したら、すぐにあなたのところに戻るわ――」
リシャールさまがいたずらっぽく口の端を上げた。




