第889話 『氷結』と『稀代』の駆け引き
ニデリックは、キールの様子をじっと見つめる。
この青年の周到さはよく知っている。
そして、その行動力、判断力、洞察力、人間力――どれをとっても、素晴らしい資質を持っている上に、魔法の素質は、錬成「4」超高度クラスという、世界最高のものを有している。
その反面、飄々として掴みどころがなく、ときに抜けた一面を見せることもあるらしい。
ただ、この青年は、『嘘』をつくことは、ほとんどない。
いや、ニデリックの知る限り、一度もなかったはずだ。
(もちろん、知ってることを言わないとか、全部を言わないというところはありますが……)
今回キールは、きっぱりと「今初めて聞いた」といった。その上で、ニデリックの疑念を晴らす根拠もないという。
(まあ、信じていいのでしょう――)
と、ニデリックは結論づける。
「――そうですか。それは、残念ですね。ですが、君の言葉は受け止めておきましょう。――キールくん。君は国家をつくりその代表となる道を選んだ。今後も「こういうこと」はよく起きることです。老婆心ながら、一応あなたは私の「弟子」ですからね。これは師から弟子への教示だと思っておいてくれると嬉しいところです……」
と、キールに告げる。
キールはこれに対し、
「はい。心にしかと刻んでおきます――」
と、応じた。
国家や国際関係というものは、「陰謀」や「疑念」、「妄想」、「猜疑心」など、人の弱いところを揺さぶってくるものを相手にしなければならないことが多い。
今のような、「根も葉もない勝手な見解・憶測」もそのひとつだ。
「国家」とは、その「立ち位置」によって、いくらでも思いもよらない見方をされるものであることを、知っておく必要がある。
(まあ、そんなこと、この子にはよく分かってることでしょうが、ね)
それでも、実際に「疑われて抗弁できなかった」という経験は、今後の彼の財産になるだろうと、ニデリックはそう自分の中で整理する。
「――それで? 君はどうするつもりですか?」
と、問いかけるニデリック。
キールは少し考え込んでから、
「――なにも、しません」
と、答えた。
「そうですか。わかりました。それではこの話はここまでです。ミリアのことは心配しないでください。私からもミリアには危険が及んだら逃げ帰ってもよいと直接伝えてあります。ジョドとべリングエルという二柱の竜を従者にしている彼女が、単独で逃げ切れないなどということは万が一にもあり得ないでしょう――」
「あの……、メストリルは、どうなさるつもりなのです?」
「――ふむ。確かにその質問に返す義務がありますね。『英雄王』は静観の構えのようです。そもそも、国家なんてものは、他国の政変に口を出す権利など持ち合わせていませんからね。出来ることはほとんどありません」
「それで、「表」と「裏」から様子を探ろうと――?」
「まあ、そういうことです。そもそも我々の仕事はそういうものですから――」
「そう、ですね――。お答えいただいてありがとうございました。失礼します」
そう言うと、キールは一礼をして部屋を辞して行った。
「本当に何も知らなかったようですね。あいつはあんなですが、『嘘』は付かないやつですから――」
ニデリックの傍らから、ネインリヒがそう告げた。
なかなかどうして、このネインリヒ君もキールくんを買っている。
「――でしょうね。まあ、そんなことは初めから分かっていましたが。「こういう経験」はできる時にしておいた方がいいものです。今回はそのことこそが目的でしたから――」
ニデリックもこれまでの人生の中で、そういったことは何度も経験している。
疑われても明らかに否定できる材料がない――。
そういう時にこそその人の本当の「人となり」が出るものだし、それが、「唯一の抗弁」なのだ。
そういう時は慌てず、策を弄せず、ただ、真っ直ぐに想いを伝えて相手に委ねるほか方法は無い。
(あとは、行動で示す――ぐらいなのですが……。キールくんは、ケライヒシュールのことは、特に介入しないつもりのようですね……)
「――つまりは、我々内陸のものに委ねる……ということでしょう、ね」
「は? それはどういう?」
「試すつもりが、ちゃんと宿題を置いて行かれてしまいましたよ。あの子もなかなかどうして、ただでは起きない子ですよねぇ――。ふふっ」
と、思わずニデリックは笑みを漏らしてしまった。
いずれにしても、ミリアとその「裏」のものからの報告を受けてからというところだと、ニデリックは、今はじっと待つことにした。




