第888話 全ての可能性
キールとアステリッド、そしてリーンアイムは、ミリアがケライヒシュールに発ったその日にメストリルへと戻ってきた。
その日、ミリアの姿を見かけなかったため、翌朝の『氷結』との体術訓練のあと問いかけてみようと思っていたのだが、訓練が終わると同時に、『氷結』の方からミリアの行方について告げられることになる。
「キールくん、ミリアには今、ケライヒシュールへ仕事で出張に出てもらってるのです――」
「ケライヒシュール? カインズベルクかと――」
『氷結』の言葉に思わず自分勝手な憶測を返してしまうキール。
「おや――。珍しいこともあるものですね。君にも知らないことがあるのだと、少し安堵しましたよ?」
『氷結』が意地悪く口角を上げるのを見て取ったキールは、
「――僕を何だと思ってるんですか。僕だって知らないことはたくさんありますよ――。って、それより、どうして――」
と謙遜しつつ、逃がさないように追随する。
「――そうですね。仕事というのはいわゆる『表敬訪問』ですが……。そうですか、知らないのですか――」
「なんなんです? 別に言いたくないなら聞かないですよ? 戻って『翡翠』さまにでも聞きますよ」
『氷結』のキールに対する接し方はいつもこんな風だから慣れてはいる。だが、だからと言って、遜ってまで聞き出そうとは思わない。
「いえ。それなら、私の方から説明しましょう。キールくん。このあと少し時間をいただいても?」
「込み入った話――なんですか?」
「そうですね……。ここでは話しづらい内容だとだけ言っておきますか――。では、あとで私の部屋に来てください。あ、出来ればお一人で――ね?」
「はぁ。わかりました――。本日もご指導、ありがとうございました――」
キールが深々と礼をすると、『氷結』もこれに返礼し、訓練場を去っていった。
(いったい何なのだろう――? ミリアの話からの呼び出し……なんか嫌な予感しかしないのだが――)
キールは胸がむず痒くなるような気持ち悪さを無理やりふるい落として着替えを済ませると『氷結の部屋』――つまり、国家魔術院院長執務室――へと向かった。
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「どういうことですか! ミリアをそんな危険な場所に……!」
キールはソファを蹴るように身を乗り出してしまう。
「――キールくん。ミリアは副院長なのです。私の名代として赴くのは彼女の仕事です――」
「しかし――!」
キールはまだ感情を抑えきれない。
ミリアは今、クーデターが起きたばかりの国、ケライヒシュールの王都ケライヒライクへ行っているというのだ。
「キール・ヴァイス! 少し落ち着け! それとも何か? お前はミリアの魔法使いとしての「実力」を疑っているというのか!」
そう声を荒らげたのは、秘書官のネインリヒさんだ。
「あっ――、すいません。つい――」
「本当に君は! まるで人が変わったみたいじゃないか――。ミリアなら無事だ。院長がミリアをそういう危険なところへ行かせておいて、単独で放っておくなんてことはない。手は打ってある。安心しろ――」
ネインリヒさんの鋭い視線がキールを射抜く。
『氷結』はクククと喉を鳴らした。
「まあ、そんなに目くじらを立てないで上げてください、ネインリヒ君。――さて、キールくん。我々メストリル王国にとっては、ケライヒシュール王国の政変はかなりの難題です。単刀直入に聞きますが――、まさか君が関わっている――なんてことはないですよねぇ?」
「えっ? 僕が――?」
キールは『氷結』の質問の意味が理解できず、思わず返した声が上ずってしまった。
「はい。あなたたち『海の国』にとって、『鉄道』の存在は少なからず脅威となる――違いますか?」
キールはその瞬間、はたと気付く。
たしかに『鉄道』の敷設が進むことは、『海の国』の経済政策――主に運輸事業――に多大な影響を与える。
今回の『鉄道敷設』は、キュエリーズ王国から出発し、ヘラルドカッツ王国、ケライヒシュール王国、そして終点のメストリル王国まで、4か国をまたぐ計画だ。
そのケライヒシュール王国が『政情不安』もしくは『反対派政権』へと舵を切れば、『鉄道敷設』に打撃を与えられる――ということは容易に想像がつく。
つまり、『氷結』はこう言っているのだ。
――お前が裏で手を引いているなんてことは無いだろうな。
と。
キールは『氷結』の恐ろしさを肌で感じていた。
この人は、「全ての可能性を否定しない」。
もちろん、キールにすれば、ケライヒシュールの政変など、今聞いたばかりで、まさしく『寝耳に水』だ。
だが、この『氷結』の疑念を晴らすだけの『根拠』を持ち合わせてはいない――。
キールは即答できなかった。
そして、落ち着きを取り戻すと、ゆっくり話し始める。
「――ケライヒシュールの政変の話は、今初めて聞いたところです。ですが、院長の疑念を晴らすだけの証拠は、今の僕にはありません。残念ですが……」
キールは、それ以上言葉を継ぐことができなかった。




