第887話 『七彩光』と『疾風』、渦中の国へ
「本当――なんですね……」
ミリアはニデリック院長の言葉を聞いて思わず疑いそうになった。
昨日、一足先にメストリルへ戻ってきていたミリアは、今朝、国家魔術院へ登庁するとすぐに院長室へと呼び寄せられた。
3日もメストリルを空けていたことを知られ、お叱りを受けるのかと冷や冷やしたが、それよりもさらに『冷や水を垂らされる』事実を告げられたのだ。
「ケライヒシュールの第一王子が斬首――ですか……」
ミリアは今院長が言ったばかりの言葉を反復して返す。
ミリアもこの第一王子アルランド殿下のことは何度か目にしている。
確かにとっつきにくい雰囲気はあったが、それでも国政に対して真摯に向き合い、小国ながら国家の未来を考えている王子であるとそう評価していた。
反対に、弟の第二王子カイル殿下はと言えば、ミリアの気を引こうとお世辞や愛想笑いを振りまいて寄ってくる感じのいわゆる「女たらし」的な雰囲気があった。
「それで、カイル殿下が国王代理を?」
ミリアは、聞き違いではないかと正直訝しみながら院長に問い返す。
「ええ、その通りです。国王陛下は急病に倒れて治癒院に入院している――ということになっています」
と、院長の言葉はつとめて冷静で、冷ややかだった。
「そんな――。これは間違いなく――」
「陰謀――でしょうね。しかしながら、隣国の政変に関して我々が出来ることは限られています。――ミリア。早速ですが、ケライヒシュールへ飛んで、向こうの魔術院長ウナイ・ユーデルフォンに会ってきてください。まずは、陛下のお見舞いと称して「表」の対応を――。「裏」の方はすでに手配済みです」
院長の表情は全く変化しない。
こういう時の院長は本当に何をお考えになっているのか洞察するのが難しい。
「わかりました。それでは、すぐに発ちます――。院長。私の役目はその……『表敬訪問』だけでよろしいのでしょうか?」
「ええ。あなたにうってつけの役目です。ただ――。気を付けていくのですよ? 最悪、逃げ帰って来ても問題ありませんからね?」
「わかりました。失礼いたします――」
ミリアは最敬礼すると、院長室を辞した。
これは、「クーデター」だ――。
その陰謀の渦の中へ飛び込んでいくことになるわけだから、もちろん、充分に警戒していかねばならない。
ミリアは背筋に冷たいものを感じながら、メストリル王城を出て中庭へと向かう。
「ジョド……。昨日戻ったばかりなのに、今から北の国へ向かうことになったわ。お願いできる?」
ミリアは左腕に嵌めている銀色の腕輪に向かって囁きかける。
『仕事――か。なら仕方がないじゃろう。それで? どこまで北へ?』
そう言いながら、ジョドが竜の姿を現した。
いつ見てもジョドの少し赤味がかった銀色の鱗が美しい。
「すぐお隣の国よ。ケライヒシュール王都へ行くわ」
『ケライヒライク、じゃったな? また珍しい場所へ行くことになったもんじゃ』
確かにケライヒシュールへ向かうのはそれ程機会の多いことではない。ミリアにしても、副院長就任のあいさつ回りをして以来のことになる。
いつもならただ通り過ぎるだけの国であるのだが、現在その国は大陸中の注目を集めているといっていいかもしれなかった。
「――そうね。場合によっては、緊急離脱することになるかもだから、その時は《《よろしくお願いね》》、ジョド」
『ふうん。何ともきな臭い話じゃのう? まあ、人間などそういうことの繰り返しじゃと、リーンアイムやべリングエルなら言うところじゃろうの?』
「全くだわ……」
ミリアはそう言いながらジョドの背に跨る。
『では、上がるぞ? 掴まっておけ――』
ジョドはそうミリアに告げると、すぅと翼を広げ、ばさっと羽ばたいた。
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「どうしても行かれるのですか? 別にわざわざ院長自ら行かれなくても――」
上着を羽織るリシャールに声を掛けるのはベアトリスだ。
「アルランド王子は、私の『友人』だったの。せめて、花を手向けないと気が済まないわ――」
リシャールは決意が固いことをベアトリスに告げる。
「ですが、院長は――」
「ベアトリス。これは私個人の気持ちの問題よ。立場は関係ないのよ――」
「そうですか――。そこまで言うのならお引止めできませんが。せめて、諜報員たちと連絡を密にとって無茶をなさらないよう――」
「ええ。わかってる――。ごめんね、ベアトリス。留守を頼むわ」
リシャールはそう言い残すと執務室の扉を開け放ち、厩舎へと駆け出した。
アルランドが斬首? 国家反逆罪?
最初に報告を受けた時は、耳を疑った。
彼はそんなことを画策するような人間じゃないことをリシャールはよく知っている。
(これは陰謀に違いない――)
そうだろう。そして、そう思わないものはこの世の中の政治関係者の中には一人もいないはずだ。
アルランドは国家の行く末を常に案じ、父王にさえ臆せず意見を述べる人間だった。
父王ランバート陛下もそういうアルランド王子を頼もしく思っていたことをリシャールは知っている。
(カイル王子を焚きつけたものがいる……)
そいつを暴いて、晒してやる――。
そして、まだ間に合うはずだ。場合によっては、ランバート陛下をお救いするのだ。
「はいや――!」
ぴしぃっ――と、馬の尻を叩く鞭の音が響く。
ひひいぃん!
と、愛馬のアクエリアがいななくと、だっと一気に加速した。
(ごめんね、アクエリア。でも、急いで――)
リシャールは、そう念じつつ、アクエリアの首を圧した。




