第885話 ウェルダートの構想
ウェルダートは、『英雄王』の反応が想定通りだったことに安堵していた。
どうやら、彼自身、先王との「約束」を違えるつもりは毛頭ないということらしい。
それなりの権力を持てば、人は変わるものだということをウェルダートは知っている。故に、常に自分を顧み、初心を自分に押し付けながら、律し続けることが、権力者には必要だ。
むしろ、それが出来ず、今よりもっとと願う心を持つ者は、歯止めの利かない野心を生み出し、自身の権力に憑りつかれ、道を外れてしまう。
そういったものは、権力者の座に就いてはならないとさえ、ウェルダートは考えている。
「では、申し上げますが、今から話すことは、あくまでも机上の空論だと思われる可能性があります。おそらくこの世界に於いて、このような建付けは過去に記録がないはずですから――」
ウェルダートは慎重に言葉を選びつつ話す。
「随分ともったいぶるじゃねぇか、ウェルダート。その史上初とかいう建付けとやら、聞かせてもらおうじゃねぇか」
英雄王がここで初めてにやりと笑う。
やはり、「新しいこと」と聞くと表情が変わった。明らかな好奇心が表れている。
「王家でないものが国政を執り行うのです――。もちろん、貴族でもありません。そもそも、王族だとか貴族だとかいう枠組みを外してしまうのです」
と、ウェルダートは一気に告げた。
ウェルダートの考えている新しい建付けに於いて、一番肝心なところでもある。
「王族や貴族を無くすというつもりか――?」
と、英雄王。
「最終的にはそうすべきと考えております。例えば、貴族籍の後継を停止する――という方法がよいかと。そもそも現在の貴族制度は、各国によって数にばらつきのある貴族籍を維持するという約定に基づいたものです。これは自由経済主義に移行する際、この大陸の全国家が協定を交わしたものでありますが、貴族籍の乱発を防ぎ、人民を囲い込むのを防ぐ目的で行われたものでした――」
自由経済主義の根幹は、平民の自由出国権だ。
これは、平民は自由に国境を渡ることができ、住処を替えることができるという権利だ。
これによって各国は自国の経済政策を推し進め、より多くの平民を獲得しようと動くことになり、結果、住みよい国家政策が振興され、経済活動も円滑になり、政治も安定へ向かうという考え方が、「自由経済主義思想」である。
これに対し貴族家は自由出国権を持たない代わりに、自領地の平民に対し領税を課すことができる権利を有している。
つまり、無制限に平民に貴族籍を与え、貴族化させることにより、平民の流出を防ぐことになれば、自由経済主義の根幹である自由出国権が正常に機能しないというわけだ。
「――ですが、すでに自由経済主義の黎明期は過ぎ去り、今では、自由出国権を阻害することより、自領地の政策に集中する方が平民の歩留まりが高いことが理解されるようになってきています。反対に、今回のケライヒシュール王国に見られるような、王族貴族内に於いての権力闘争が頻発化しているような状況が見られます。そもそも王政の利点は、軍統制にあります。統帥権を持つ者がただ一人であるため、国軍の統制が迅速に行われ、国難に対応しやすいというところなのですが――」
「戦争自体が起こらないからな。国軍の統帥権など、発動機会はほとんど無いに等しいほどに激減している。各種災害対策程度のものだろうからな――」
と、『英雄王』。
「はい。国政は、経済政策にほぼ集約しており、新たな技術の革新は、専門家の知識を必要としております。これを国王一人が裁決することは実質不可能であり、どの国も、貴族家から各部大臣を立てて、これに対応している状況です。こうなった場合、賄賂や利権などが蔓延り、貴族家に取り入って、国政を思うがままに操ろうとする富裕層も現れます――」
「つまりは、王族貴族こそが、政争・内紛の根源というわけか――。それで、ウェルダート。王や貴族が国政を仕切らないのであれば、誰が取り仕切るというのだ?」
「平民です――。平民に広く政治参加を促し、合議制によって政治の決断をしてゆくのです。そうなれば、幅広い分野の有識者たちが国政に参加することになり、舵取りを誤る可能性が著しく低下するでしょう。これを私は民主政治制度と呼んでいます」
「民主政治制度――か。つまり、その制度を取る国家に移り住めば、平民であっても政治に参加することが可能になる、そういうわけだな?」
「はい。合議制に参加するものたち――仮に『代弁士』としますが、そのものたちは平民たちによる『名入れ』を行って選べば、平民全員が間接的に政治に参加することが可能となります」
『英雄王』は、そこまで聞いて、膝を打った。
「――なるほど。確かに面白いかもしれんな。だが、ウェルダートよ。自由経済主義協定の方はどうする? これは、国家単一のものではなく、世界共通の協定だぞ? そことの折り合いが難しそうに見えるんだが?」
「はい。おっしゃる通りです。ですので、これはあくまでも机上の空論である可能性があると前置きしたのです。実際のところ、どのような問題が起きるか、どう対応していくかは、まだまだ煮詰めなければならない課題といったところでしょう」
ウェルダートの言いたいことは、ある程度言い尽くした。
実行可能かどうか――。そんなことはこれからよく熟慮に熟慮を重ねる必要があるところだ。
「『氷結』はどう思う、今の話――」
と、英雄王。
「さて――。確かに王族貴族の家督争いや権力闘争は国政に大きな影響を与えるところです。それが無くなるという一点においても考える余地はあろうかと思いますが……」
と、ニデリックはそこで言葉を一旦区切り、意を決するとつづけた。
「平民たちはこの自由経済主義の波の中、個人主義的な思考へと傾きつつあるところです。全体最適を求められる国政の決断にはそぐわない気も致しますが、そこはいかがなものでしょう」
この言葉に、二人も下顎に指をつがえた。
結局のところ、この話は、まだまだいろいろと検討する必要がありそうだというところで今日のところはそこまでとなった。




