第883話 小国で起きた異変
クルシュ暦372年8月中旬――。
ケライヒシュール王国王都ケライヒライク近郊のある屋敷にて――。
「国王陛下は快諾なされたというではないか――! 陛下は考えが甘すぎるのだ!」
と、若い男が吠えた。
「殿下――。このままでは我らケライヒシュールはいつまでも大国の狭間をさまようだけにございます。陛下には我々もよくしていただいたのですが、どうにも最近、気概に欠け、競争から身をひく傾向が強まっておられまする」
と、老人が応える。
「レスター公の仰る通りです。自由経済主義の波の中、我が国は、北のヘラルドカッツと南のメストリルに挟まれ、いわばその経済大国2国の『緩衝地』的な扱いに成り果ててしまった。たしかに恩恵も無くはないでしょうが、このままではいつまでも両国に尻尾を振って生きていくほかありません」
と、初老の男が加勢した。
若い男は、苦渋の選択を迫られている。
父王を廃し、自分が王位に就く――。そして、ケライヒシュールの立場向上のため国政の方向転換を行わなければならない。
(せめて、私の言葉を聞き入れてくれてさえいれば……)
若い男、ケライヒシュール王国第1王子アルランド・ケライフは唇を噛んだ。
「――わかった。計画を実行に移そう。父王を排斥する……」
アルランドはそう決意を示した。
「殿下――。ご心中お察しします。殿下のご決断を待っておりました。それではすぐに計画を実行いたします」
と、初老の男、ウナイ・ユーデルフォン国家魔術院長が応じた。
「ウナイ。くれぐれも、丁重にな――。陛下のこと、頼むぞ?」
と釘を刺したのは、国庫大臣ヨーデル・レスター伯爵である。
「お任せください。我らの手にかかれば、容易いことです。陛下には、ご隠居いただいて、王子がご即位なされる。そうなれば、ヘラルドカッツとメストリルに対抗できますな」
と、ウナイ院長はこれに返すと、二人に一礼をして去っていった。
そしてその日の夜。
ケライヒシュール国王ランバート・ケライフは、重い病にかかったとして、国家魔術院庁舎内の治癒術棟へと移された。
翌日――。
重臣たちが集まりこの事態をどう乗り切るかの会議が行われた。
冒頭、国庫大臣ヨーデル・レスター伯爵が告げる。
「陛下は、急病に倒れられてしまった。現在、我が国は、ヘラルドカッツとメストリル、そしてキュエリーゼの3国から協力要請を受けている微妙な立場にある。今後の経済状況の荒波を乗り切るためには、即刻、国王代理を立てる必要がある。どうだろうか、諸大臣方々。ここは、王位継承第一位である第1王子が順当である――」
ここまでは、アルランド王が聞かされていた通りの流れだ。ことは計画通り動いている――。
「――のだが……」
と、レスター伯爵がアルランドの方を見た。
(なんだ――?)
と、アルランドは訝しがる。
「第一王子アルランド殿下では、この難局を乗り切ることは難しいと私は考えている」
と、レスター伯爵が続ける。
(な、んだと――!?)
「私は、現状を打開するため、敢えて、順位よりも能力で選ぶべきものと考える――。第二王子カイル殿下は頭脳明晰、民からの信頼も厚く、若いながらに風格も申し分ない。ここは、カイル王子に国王代理についてもらいたいと思うがいかがか――?」
オオオオォ――!
と、場内が沸く。
カイル王子! カイル王子! カイル王子!
と、場内はカイルコールが響く……。
アルランドは、何が起きているのか理解が追い付いていない。
隣に座っていたカイルが立ち上がる。
「皆様のお気持ちはよく分かりました。このカイル、命に代えても父王の名に恥じぬよう、つとめたく思います――。そして、その決意を示すため、私は心を鬼にして、最初の裁決を行うとします――」
(なにを? なにを言ってるんだ、こいつは――)
アルランドはまだ、事態が呑み込めていない。
「――兄上。私は、とても悲しいです。兄上をこんな形で処断しなければならないとは……。第一王子アルランド・ケライフ。国家反逆罪にて死罪を申し付ける――」
ガタッ!!
と、アルランドの椅子が鳴った――。
「――な、な、なんだこれは!! レスター! ウナイ! どういうことだこれは!!」
アルランドは思わず椅子を蹴って立ち上がって吠えた。
「これが証拠です――」
と、ウナイ院長が懐から手のひら大の宝玉を取り出す。
宝玉から音が聞こえる。
『ジ、ジジ……。「――わかった。計画を実行に移そう。父王を排斥する……」ジジ……』
その声はまさしく、アルランドの声だった。
「こ、これは――。レスター! ウナイ! いや、カイル! お前かぁ!!」
カイルはアルランドの方に冷たい視線を送る。
「この反逆者をすぐにつまみ出せ――!」
カイル国王代理のその言葉を聞いた衛士たちがアルランドに群がった。
「お、お前ら!! 許さぬ! 許さんからなァ!!」
だが、アルランドの叫びは無情の彼方へと消えるのみだった。




