第882話 ハーマンさん、到着
クルシュ暦372年8月中旬――。
キールたちがこのエランの造船所に来てから3日が経った。
この間、キールたち3人は、昼は造船所で船大工の仕事を見たり、ルクレツィアさんや船員たちと訓練をしたりしながら時間を過ごし、夜はエランの街の温泉宿でのんびりと過ごしていた。
「キールさん、いらしてたんですね?」
先程、エランの造船所に隣接する港に船が着いた。
その船のタラップを降りてきた身なりの整った女性がキールに向かってそう言った。
「ええ、実は、3日ほど前に、ルクレツィアさんの情報を聞きに。そしたら、ハーマンさんが今日戻られる予定だと聞いたもので――」
そう応じるキール。
「えっ? もしかして、待っててくださったんですか? 『海王様』にお待ちいただくなんて、これはなんと『畏れ多い』ことでしょう?」
ハーマンさんの言い回しが、少し冗談交じりに響く。
その様子からみるに、どうやら交渉事のほうも、ある程度うまく運んでいるとみてよさそうだ。
「やめてください、ハーマンさん。僕はいつまでもキールのままですよ。それより、お疲れのところ悪いんですが、お話の方を聞かせてほしいんですが……」
ハーマンさんは、笑みを浮かべて、もちろんですと応じると、船員に指示を落としたら向かいますと答えた。
キールは、デリウス教授の部屋を借りることにしていたので、その旨を伝える。
数分後――。
デリウス教授の部屋にメンバーが揃う。
キール、ミリア、アステリッド、リーンアイムの4人はいつも通り。
ここに、部屋主であるデリウス教授。
今回の報告主、ハーマンさん。
そして、現在エランに逗留中のルクレツィアさんもいる。
以上の7名による報告会議となった。
「まずは、キールさんから託っていた、各国特産品の担当者様方との交渉ですが、今回は時間も限られていたため、顔つなぎと今後の関係構築のお約束を取り付けてきました。今後、少しずつ関係を深め、最終的には、海の国の運輸部門が独占して輸送を請け負う形で大陸展開を考えております――」
と、ハーマンさんが大まかな指針を示した。
「ありがとうございます。ですが……」
と、キールは少し気になった点を指摘するため投げかけようとしたところ、
「キールさま。わかっております。独占運輸はあくまでも、その商品の売れ行きが軌道に乗るまでの間です。その後は、各国の担当者様方が選択されればよいと考えています」
と、しっかりとその辺りを汲んで行動してくれていることを伝えてくれた。
「ははは、釈迦に説法とはこのことか――」
と、キールが思わず零す。
「シャカニセッポー? なんです?」
と、ハーマンさん。
周りの皆のうち、アステリッド以外はキールの言葉の意味が理解できないようで、怪訝な顔をしている。
「キールさん、『それ』、みんなには伝わりませんよ? 私は分かりますけど……」
と、アステリッド。
「あ――。そうか、この世界には『釈迦』も『説法』もないんだったな。そうだな――。言い換えるとすれば……『英雄王』に『剣術指南』ってとこか? 『氷結』に『初級魔法論』とか――」
と、キールはわざわざ言い換えてみる。
「――つまり、必要ないこと、って意味?」
と、ミリアが確認してくる。
「必要ないというよりは、自分より優れている人に『教え』を説こうとするというようなことですね。つまりは『自虐』です」
と、アステリッドが要約する。
ははは、とキールは乾いた笑いを発する。
「――自虐……。え? いえ、そんな! キールさんより私が優れているだなんて、思ってませんよ!? そもそも、これらの商材を見出してこられたのはキールさんなんですよ? 私も長く交易に携わってますが、今回の商品のどれも、私が気付かないものでしたし――」
と、キールの言葉の意味を理解したハーマンさんが謙遜する。
「ふむ。『海の国』も少しずつ形が出来つつあるという感じだね」
と、デリウス教授。
「それぞれがそれぞれの特性を活かして活躍することで、大きな力となり、その大きな力がまた、個人の活躍を後押しする。まさしく、『人は宝』だね、キールくん」
デリウス教授の言葉の通りだ。
本当に僕は人に恵まれているのだろうと思う。
いつからこうなのだろうと、考えてみるたびに、やっぱり、行きつく最初は――。
「ん? どうしたのキール、私の顔に何か付いてる?」
ミリアがキールの視線に気づいて、問い返してくる。
「いや――。ミリア、本当に君には感謝している。いつもありがとう」
その言葉を聞いたアステリッドが、目尻を吊り上げる。
「ええっ!? どうしてミリアさんだけなんですかぁ!? キールさん、私も、いえ、私たちも頑張ってるんですから、たまにはお礼を言って頂いてもいいと――」
「ありがとう、アステリッド。そして、みんなも、ありがとう。僕は、本当に幸せだぁ~」
「ぷっ、何ですか、それ? もう――」
そういいながら笑うアステリッド。
そのアステリッドの笑い声が部屋のみんなに広がってゆく。
そんな心地よい空気の中、キールは、こういう世界が拡がればいいのになとそう思うのだった。
――『大世界編』完




