第881話 ルクレツィアの報告
「キールさま。実は南の海、『黒霧海』の中で、奇妙な島を発見したのです――」
ルクレツィアさんがキールにそう言った。
キールは、少し身を乗りだす。
キール自身も、『黒霧海』には一度突入したことがあるのだが、その時は、風雨に数時間ほど晒されて、なんとか脱出した。しかし、『島』のようなものを見た記憶はない。
「島――ですか? 僕が行った時にはそんなものには出くわしませんでしたが……」
と、キールは応じた。
「――はい。あとで、艦隊のもの全員に聴取してみましたが、誰もが初めて見たと口をそろえておりました。一応、他のエルルート族や隠れ港の方にもあたってみましたが、同じ回答が返ってくるだけでした」
さすがはルクレツィアさんだ。
これで、わざわざキールが足を運んで聞いて回る必要は無くなった。
「――ありがとうございます、ルクレツィアさん。それで、その奇妙な島というのは、どんな……?」
ルクレツィアさんの話によれば、地面は土では無くて金属製のもので、壁には扉のような裂け目があったが、取手は無く、横にある窪みにあった、『ボタン』を押すと扉が開いたという。
扉の中は奥へまっすぐに続く一本の通路になっていて、数十メートル先で行き止まりになっていたらしい。
洞窟というよりは、何かの建物のような雰囲気であったと、ルクレツィアさんはそう締めくくった。
「――なるほど。魔物のようなものは見かけなかったのですね? じゃあ、『迷宮』じゃないのかな――? いずれにしても、再探索する必要がありそうですね」
と、キールが応じると、
「はい。今回は内部への侵入より海域探索の方が重要性が高いと判断いたしましたが、探索の必要があるとお考えであれば、『翡翠』さまとご相談してください。ご命令があれば、今度は――」
と、意気込むルクレツィアさん。
だが、おそらくのところ、話を聞いた限りだと、通常の『迷宮』とは少し違う、どちらかと言えば、『バレリア遺跡』に近い感じがする。
もしそうなら、古代文明の遺産かもしれない――。
行き止まりの通路の先にはおそらく何かあるのだろうが、そうであれば、自分の目で確かめたいとキールは思う。
「――そうですね。その件は『翡翠』さんと相談してどうするか決めましょう。なあに、一度辿り着いているんです、消失してしまわない限りはまた辿り着けるでしょう」
海に沈んでしまえばそれまでだが、そうなってしまったらそれはそれで仕方がない。
いずれにしても、今からすぐ、そこへ向かったとして、どうにかできるものでもない。
『黒霧海』に突入するのは、しっかりと準備をしてからの方がいい。思い付きで飛び込んだら最後、必ず抜けだせるという保証などないのだから。
ルクレツィアさんはその後、南の海の海図を広げながら、詳しく報告をしてくれた。
とはいえ、海図に変更を加える必要が生じるほどのものもなく、改めてエルルート族の最新海図の信用度の高さが証明された形となったのだった。
「お疲れさまでした、ルクレツィアさん。『黒霧海』の探索はとても危険なものでしたが、よくみんなを無事に連れ帰ってくれました。こちらに損害や欠員が生じなくて本当によかった。ルクレツィアさんのおかげですね」
「そんな! わたしなど……。これも船員各員の技量と胆力のなせる業です。もちろんいつももですが、今回は特にエルルート族の船員たちに感謝いたしております」
ルクレツィアさんはそう謙遜したが、20隻の船を操るなんて、そう簡単に出来ることでもない。
それに、無茶をせずやるべきことをしっかりとこなして戻ったのは、彼女の手腕であることに違いない。
「――それで、キールさまは、今後、どのようなことをお考えなのでしょう?」
「え? 海のことで、ですか?」
「いえ。海だけではなく、『キールさま』がどうなさるおつもりなのか、という話です――。出来れば私も――」
まさか、僕に付いてくるなんて、言い出すつもりじゃ……。
「ルクレツィアさんには、『翡翠』さまが何かしらお考えがあるのでしょう。艦隊の提督を今回お任せになったのは、今後のこともお考えになってのことだと思いますよ?」
と、適当に話をはぐらかそうと試みるキール。
「――はい。実は、『翡翠』さまからは、今後のエルレアと北の大陸間を運行することになる輸送船の護衛艦隊の編成を仰せつかっております。海域警戒はキールさまの『海の国』がなされることになるとしても、各個別の輸送船をつきっきりで護衛してくれるわけではない、と申されまして――」
確かに、その通りだ。
各輸送船全てに随伴航海してやるわけにはいかない。
海域全体の警戒と、個々の輸送船の護衛はまったく違う任務だ。
「――そうですか。翡翠さまも、海運や貿易に本腰を入れるおつもりなのでしょう。エルルート族とレント族の交流を盛んにするためには、交易を活性化させるのが一番の近道ですからね。――ルクレツィアさんも、これからしばらく忙しくなりそうですね」
キールは激励のつもりでそう言った。
が、ルクレツィアさんの表情はそれほど明るいものではなかった。
少し寂しそうに、眉を寄せると、
「――そうですね。私には私なりの役割があると信じて、まずは『翡翠』さまのご期待に従っていこうと思っています」
と、そう返してきたのだった。




