第879話 エランの造船所にて
クルシュ暦372年8月中旬。
南の国ケウレアラ王国港町エラン――。
ここに『ケウレアラ―メストリル共同造船所』がある。
この造船所も少しずつ規模が拡張され、面積も人員も増えつつある。
今取り掛かっている船は、『汎用型運搬船』の量産バージョンである。
キールたちが先だって試験航海を終えた「プロトタイプ」、アルマダ号を元に若干の改良を加えたものが現在製造中のはずだ。
「やあ、キールくん! 一月ほどぶりだね?」
と、この造船所の所長でもある、デリウス・ゲイルハート教授がキールたちの方へと声を上げた。
「デリウス教授、どうですか? 量産型の方は――」
キールがこれに応じて進捗状況の伺いを立てた。
「ああ、ようやく一隻、完成しそうなところだ」
そう言って指さした船は、造船台の上にまだ乗せられているが、ほとんど完成していると言ってもいいほどのものだ。
たしかに、アルマダ号とほぼ同じ形状だ。
キールにはぱっと見でどこが変わったのかわからない。
「ここまで来るのに一月かかってしまった。でも、量産体制は徐々に構築できてるからね。たぶん次のひと月の間には3隻ほど作れると思うよ」
デリウス教授は笑顔でそう答えた。
「そうなんですね。今後もそのぐらいのペースで量産できるんですか?」
と、キール。
キールにとっては、いつごろから本格的な「海の国」の活動を開始できるのかが気になるところだ。
「とんでもない。そんなペースでやってたら、間に合わないよ、キールくん。さっきも言った通り、量産体制は徐々に構築されてる。その次のひと月からは毎月10隻は造らないと、だね」
デリウス教授がそう答えた。
ひと月で10隻――。
たしかに、今は、売上を次の建造費に回して、どんどん生産を拡大して行かねばならない時期だ。「間に合わない」のは、時間もそうだが、資金繰りの方もという意味だろう。
「『海の国』の運輸大臣さまからも、早速ご注文を頂いているからね? キールくんのところに納められるのは、来月完成する3隻のうちの1隻。そのあとは、毎月3隻のペースで、3回。今のところは計10隻の注文をもらってるよ?」
デリウス教授がそう返してくる。
なるほど、『運輸大臣さま』――ハーマン・ラオ・ギャラガーのことだが――も、すでに仕事を開始してくれているようだ。
それにしても、10隻も!
さすがは、ハーマンさんといったところか。彼女の商才の高さが表れている。
おそらくは、先行投資の部分もあるだろうが、運輸事業の方にもある程度目途が立っているのだろう。
「10隻!? すごいですね、キールさん……。わたし、ハーマンさんに、軽い気持ちで『運輸大臣』とか言っちゃいましたけど、本当に凄い人だったんですね――」
アステリッドがデリウス教授の話を横で聞いてそう言った。
そりゃそうだろう。
ハーマンさんは、ギャラガー商会の会頭なんだ。
あの若さで、早くから海運に目を付け、陸運も含めた運搬業を取りまわしているなんて、相当の商売感覚の持ち主でないと出来ることじゃない。
それに、ギャラガー商会の販路はすでに大陸全土にわたっている。
キールがお願いしている、各国の新規産業商品の取り扱いについても、順調に話が進んでいると知らされてもいる。
(ほんと、ハーマンさんが来てくれて、めちゃくちゃ助かってるよな。そもそも、自分でやらないといけないと思ってたことだけど、僕だったら、こんなに早く推し進められなかったと思うし)
ハーマンさんが居なければ、おそらく、最初の一隻の資金を揃えるのにレオローラ号で走り回らないといけないところだったから、今のように王立大学でぼーっと過ごしている場合ではなかっただろう。
「まあ、ハーマンさんなら、こんなものじゃないと思うけどね。それにしても、今年の年末には10隻になっているってことだから、『海の国』の本格始動も見えてきたというのは大きいね」
と、アステリッドに応えるキール。
「――そのハーマンさんなら、もうすぐ戻ってくると思うよ? たしか、明後日だったとおもうけど……」
と、デリウス教授。
「キールさん! 明後日ですって!? これはやっぱり――会うしかない、ですよね!!」
と、アステリッドの表情に光が差す。
アステリッドの言いたいことはもう分かっている。
このまま明後日までエランに逗留しようと、そういうことだ。
「そうだなぁ。ハーマンさんに任せておいても問題ないけど、せっかくだったら、顔を合わせといた方がいいかもな――。わかったよ、アステリッド。じゃあ、宿の方、任せる。ミリアは――」
「私も残るわよ。『海の国』の進捗を報告するのも私の仕事だからね?」
だよね。
「じゃあ、3人、いや、6人か――。アステリッド、6人分の部屋が取れるところを探してきてくれ」
「わかりました! 早速行ってきますね!」
アステリッドが駆け出してゆくのを、リーンアイムも追っていってしまった。
リーンアイムのやつの目的は、褒美の美味いもの、だろう。
「ところで、キールくん。ルクレツィアさんなんだが――」
「はい?」
「帰って来てから、少し、様子が変なんだ。たまに大きなため息をついているのをよく見かけるようになったんだよ。エルレアで何かあったのかねぇ?」
ふむ。それは初耳だ。
「そうなんですね。わかりました。それとなく聞いてみますよ」
キールはデリウス教授にそう返しておいた。




