第878話 キールのもとに届いた連絡
クルシュ暦372年8月中旬――。
王立大学は今、夏休み真っ只中である。
であるのだが、キール一味の面々はすでに大学を卒業しているものばかりだ。
アステリッドが唯一、大学院に在籍しているが、事実上は、エリザベス・ミューラン教授室の研究員という位置であるため、『夏休み』など、無いに等しい。
そういうこともあって、キール一味はここのところ、毎日のようにデリウス教授室で集合しては、各人の仕事へ向かうというような日々を送っていた。
デリウス教授室を拠点にしていると何かと都合がいい。
例えば、王宮もほぼ敷地内で繋がっているし、魔術院ともだ。さらに言うなら、エルルート大使館もすぐそばにある。
何か海の上で異変があった場合、隠れ港の情報網から、エルルート大使館を通じてキールのもとに連絡が来ることになっている。
今もその連絡がやってきたところだった。
「ミリア、アステリッド。ルクレツィアさんが帰ってきたらしい。僕は取り急ぎ、エランの港に向かうけど、二人はどうする?」
キールが大使館員から受け取ったメモを読み、そう告げる。
「もちろん、行きますよ! ミリアさんは、お仕事が忙しいでしょうから――」
と、アステリッドが『牽制』を入れる。
「あら、残念。私も、仕事をするつもりだったんだけど、院長が3日ほどお休みを下さったところなのよね。だから、私も行くわ。エランにもしばらく行けてないし――」
と、ミリアが『応じ技』を返した。
「くぅ……。そうですか、それなら、びゅーんと行って、ミリアさんは3日経ったらお帰りになるということですね?」
「ま、まあ、そうなるわね――」
「じゃあ、私たちはもう少しゆっくりしてから帰りましょう。エランの造船所のそばに、いい温泉旅館があるらしいですよ? そこに泊まりましょう、ね? キールさん!」
「リディ? あなた、エリザベス教授のお手伝いはどうなのよ?」
「うぐ……。そこは、うまく言って――なんとか……」
「リディ? いくらエリザベス教授の研究員的な扱いだと言っても、あなたは院生でもあるのよ? 一応、間接的にではあるけど、魔術院も大学院の単位取得に影響力がないわけじゃないんですからね?」
「そ、それは、卑怯ですよ、ミリアさん!」
「なにを言ってるの、リディ。学生でありながら学業を疎かにしてても修了できるなんて世間に知れたら、王立大学の名に傷が付くのよ? 王立大学はメストリル王国の大事な資産なんですからね?」
そんな応酬を間に挟まれながら聞いていたキールは、さすがに止めないとと思い言葉を挟む。
「わかった、わかった! 二人ともそのぐらいにして。僕もそんなに長居するつもりは無いから、ルクレツィアさんの話を聞いたらすぐに戻ってくるさ。それに、そろそろ来る頃じゃないかとそう思ってるんでね。ここのところ、毎日ゆっくり過ごしていたのも、それがあるからと思ってのことだったし――」
と、思わず口走ってしまう。
「『そろそろ来る』って、もしかして、神さまの『試練』?」
と、ミリア。
「キールさん? そういうことはちゃんと話してくださらないと――! 私だって準備があるんですから!」
と、アステリッドが詰め寄る。
いつの間にか、攻撃対象の矢印の向きが変わってないか?
こういう時の二人のタッグが完璧なのはどういう訳だ?
「あ、いや、なんとなく――、なんとなくそんな気がするってだけだから! あるかもしれないし、ないかもしれないし……」
と、キールはなんとか攻撃から逃れようと試みる。
「――そうね……。そう言えば、最近キールからボウンさんの話を聞いてないわね――」
「あの神さま、いい人そうではあるけど、意地悪そうでもありますからね? こういうゆっくりとしてるときに捻じ込んでくる気はします――」
「そうよね? リディもそう思う?」
「はい。なんとなく、いえ、『確実に』来そうな気がしてきました」
お~い、相手は神様だぞ~。
あの白髭じじいはこういう時に限って、聞き耳を立ててるぞ、きっと――。
「――ま、まあ、まだ呼ばれてないのは確かだし、そういうことだから、さっと行って、さっと帰って来よう。――リーンアイム、悪いけど、頼むよ?」
キールはそう言いながら、教授席に座ってうとうとしているリーンアイムの方を振り返って声を掛ける。
「おお! 港かぁ! 久しぶりに美味い魚が食えるってことだな!? それなら断る理由もない! すぐ行こう!」
これほど単純なやつが叡智の種族ドラゴン族だというのがたまに疑わしく思える。
ミリアの従者竜のジョドやべリングエルからは相当高い知性を感じるのだが、どうしてこいつはこうなのだろうか。
(もしかして、ジョドが最初にミリアと僕とを比較して、ミリアを選んだのも、僕にはそういう素養がないってことかぁ!?)
いや、それは当然のことだろう。
だって、ミリアだよ? 内政大臣令嬢で、公爵令嬢で、国家魔術院副院長で、超絶美女で、王立大学主席卒業なんだぞ?
そう言えば、リーンアイムが僕の従者についているのは、僕の方が波乱万丈で面白そうだからという理由ではなかったか――?
(まあ、いいや。もう、考えるのはやめだ。なんだかんだ、リーンアイムのおかげで、移動に融通が利いているのは確かだから、な)
「キール! 今日は刺身だな!」
こいつ――。
飛んだら見返りが貰えることに味を占めてないか?




