第873話 温故知新
「エリザベス教授――。『フレディ』が言っていた、マンフレッドという人物――これもおそらく大古人だと思われますが、その男がわざわざ『フレディ』に自分の情報を保存していた目的が判りません。くれぐれも慎重に扱う方がいいでしょう。もし仮に、教授が、その男から得た情報を元に、世界の破滅へとつながる方に舵が切られた場合、僕は全力を持って、バレリア遺跡および、世界中の遺跡群を全て残らず消滅させます……」
キールは、強い覚悟を持って、エリザベス教授にそう告げた。
この世界が自力でコンピュータを作る前に、『AI』と思わしきプログラムと接触すること自体、本当は即刻中断してほしいとキールは正直そう思っている。
『レーゲンの遺産』からはじまり、『バレリア遺跡』、『円盤の部屋』、『コイル』、そして、『発電機』、『水力・風力発電所』、『通信施設』へと、この世界の技術は留まることを知らずに急激な発展を遂げている。
今も、キュエリーゼ王国から『鉄道』という新しい移動・運搬手段が立ち上がっている。
(まさしく産業革命だ――)
『蒸気機関』こそまだ発明されていないが、これは、この世界のエネルギー事情によるところが大きい。必要となれば、遅かれ早かれ、発明されることだろう。
しかし、その段階まではまだ、人がある程度制御できる範囲ではないかとキールは考えている。
この先、数十年のうちに、電力技術はさらに進歩して、この世界にもコンピュータが発明される日が来ることだろう。
実際、地球においても、電話の発明が1871年、そこから約100年でパーソナルコンピューター(PC=パソコン)が誕生したと言われている。さらに、2020年代にはいわゆる『生成AI』が生まれることになるのだが、そこまで含めてもたった150年ほどのことだったのだ。
(おそらくこの世界ではもっと加速する――。なんたって、エリザベス教授もまだまだ若いし、クリストファーもいる)
アステリッド情報によれば、エリザベス教授の研究に興味を寄せる学生もかなり増えており、大学の専門講座の履修者も溢れるほどで、エリザベス教授のゼミ開講を求める声も多いらしい。
当の教授は今は忙しくて体が空かないということで、講義は行っているが、ゼミの開講は断っているらしい。
一方、クリストファーの方には、優秀な技術スタッフや研究員が大勢いると聞いているし、その中からすぐに頭角を現してくる優秀な研究者も生まれることだろう。
キールは、この世界の科学の水準は、放っておいてもコンピュータの発明まで辿り着くだろうと見ているし、今敢えて、一足飛びに手に入れなければならない技術だとは到底思えないのだ。
(必要になるその時にこそ、価値があるものだってある――)
この世界の人類が古代人類と同じ轍を踏まないのであるなら、もっと早くに危機を察知し、『フレディ』の情報をそれこそ余すところなく有効に利用できる。そういう日まで待ってからでも遅くはないと、そう思っている。
「――教授。おそらくこの世界は、もう、独自の路線を歩み始めています。それは、古代人類とは違った未来へとつづくものだと、僕は、信じています。それに、僕はそうならないためにこそ、「海の国」を作ろうと考えてるんです。もし、古代人類の技術に傾倒し、同じ道に引き戻されるのであるなら、僕は――」
「はいはい。わかったわよ、キールくん。私だって、絶望しかない未来なんて嫌ですからね。それに、リーンアイムさんに悲しい思いをさせるのも、ね。ひとまず、この『フレディ』は少し、保留にしましょう――」
エリザベス教授はそう判断してくれた。
エリザベス教授は、現状、構造も原理もよく分からない「完成品」に手を付ける前にしなければならないことがあると言った。
まずは、この技術を使えるほどに自分たちの研究を進めなければならない。
その為には、この「パソコン」なる箱の動作原理、構造を解き明かす必要があると、そうも言った。
キールの言いたいことはしっかりと伝わったようだ。
「――てことで、バレリア遺跡に行って、もう1台か2台、パソコンを持って帰ってこなくちゃいけないわね。私の予測では、あの『円盤の部屋』にあるパソコン全てに、この『フレディ』と同じものが入ってるとおもうの。さすがに名前を付けた相手を分解してバラバラにするのは忍びないわ。それに、キールくんの話を聞いている限り、『フレディ』の持つ情報の全てが必要ということではないように思う。研究用に壊しても、問題ないわよね?」
と、エリザベス教授。
事実、すでに何台かは壊れて電源が入らないものや、すでに形すら保てていないものもあったぐらいだ。いまさら、1台や2台壊したところで、何が変わるというわけでもないだろう。
(現代日本だったら、出土品を解体して分解するなんて発想、湧いてこないだろうけどね――。そう言う意味でも、この人は純粋なんだろうな)
まさしく『先駆者』なのであろう。
エリザベス教授の専門分野は、「考古歴史学」であるが、それは単に、古いものを保存するために探して掘り出しているのではないということだ。
(温故知新、か――)
むかしの人々の情報を知り、今の人々の世界に活かす。
そのための研究でありそのための科学なのだ。
「――ええ。むしろ、同じ程度のものを一から新しく作って、『フレディ』と会話をさせてみれば、面白いことになるかもしれません。まあ、すぐにというわけにはいかないでしょうけど、ね」
キールはそう答えておくことにした。




