第872話 その可能性がある以上
キールは、一旦パソコンの電源を落とすようにと、エリザベス教授に告げた。
そして、今起きていることの重要性を、エリザベス教授には説明する必要があるとそう決意する。
その話を聞いたエリザベス教授が、もし、理性的でない狂った科学者であるなら、キールは、自分の持つすべての力を使って、このバレリア遺跡の全てを破壊し尽くさねばならないかもしれないと覚悟する。
「キールくん? 大丈夫? 顔色が良くないわよ?」
エリザベス教授が、キールをいたわるような声を掛けてくれる。
この教授が、人の良い女性であることをキールは知っている。
クリストファーが自分を置いてカインズベルクへ旅立った時も、弟子の成長を願い、帰って来いとは言わなかった。
それだけじゃない。
自発式発電機の設計に関しても、権利を主張せず、クリストファーが再現することを知りながら、見逃したらしい。
そういう人物だ――。だからきっと理解してくれる。
キールは覚悟を決めたことを伝えようと、アステリッドに視線を投げた。
アステリッドも、キールの覚悟を見て取ったのか、こくりと頷く。
「――大丈夫です、教授。ありがとうございます。ご心配下さって」
そうまずは礼を述べる。そして、その勢いのまま、次の言葉を繋いだ。
「教授。コイツの――いや、『フレディ』の起動は、もうしない方がいいかもしれません」
エリザベスの表情に困惑の色が滲み出てくるのがありありと見える。
「――わかっています。ここまで続けてきたご苦労を考えれば、ここで研究を中断することがどれほど難しいことかも、わかっています。ですが、『フレディ』を使うのはあまりにも危険すぎるんです」
キールは慎重に言葉を選んで話を続ける。
「さっきの受け答えの中にも在ったとおり、『フレディ』には欠落しているとはいえ、太古の人物の情報が詰まっている可能性があります。そして、『フレディ』が、独立した思考を持つプログラムの可能性を否定できません」
エリザベス教授がこのタイミングを逃さず、質問を投げてきた。
「キールくん? 独立した思考を持つ――って、まさか、『フレディ』は自分で考えて行動することができる可能性があるって、そういうことを言ってるの?」
さすがは天才科学者だ。
理解が早い。
「僕とアステリッドが前に生きていた世界には、自分で考えて返事を返したり、あるいは、プログラムを組み立てたりするプログラムが存在していました。僕たちはこれを『アーティフィシャル・インテリジェンス=AI』と呼んでいます」
「それが最初の質問にあった言葉なのね?」
「はい。ですが、僕やアステリッドはおそらく、それが発達しきる前にこの世界に来てしまいました。だから、その後『AI』がどうなったのかを知りませんし、どうなるのか予測ができないんです――」
キールは、『AI』の未来を知らない。
いろいろと諸説はあったと、『原田桐雄の記録』のなかにはある。
もちろん、いいこともたくさんあった。人間が時間がかかり過ぎて解けない問題を数秒で解き明かしたり、絵が描けない人がある程度イメージに近い絵を作成できたりなどだ。
仕事の書類を人間に代わって作成したりもしてくれた。
しかし、その反面、『AI』との会話に影響されて、自ら命を絶つものや、犯罪に手を染めるものも現れるようになった。
キールは、『AI』はあくまでも「道具」だと認識している。
しかし、「道具」は使う者によって、人を救うものにもなるが、人を傷つけるものにもなることを忘れてはならない。
「――『AI』は、人類を破滅させる可能性を充分に秘めています。現実として、これが出土したバレリア遺跡の古代文明人は、ドラゴン族の手によって完全に消滅させられてしまっています。だから……」
「わかったわ――。でも、キールくん。『フレディ』が自分で考えて行動できるというのなら、たとえ電源を落としていても、活動したりはしないの?」
キールは少し考え込んだ。
パソコンには内臓電源や備蓄電源が備わっているものもある。
この「パソコン」にそれがないとは言い切れない。
「それは――たぶん大丈夫だと思います、エリザベス教授」
と、言ったのはアステリッドだ。
「『フレディ』は接続があればと言っていました。ここで言う接続とは、世界中に存在する別の「パソコン」と遠隔で情報を共有するということです。ですが、おそらく現在、電源が入っている「パソコン」はこれ一台のはずで、しかも、他のパソコンと接続されてはいませんから――」
「――そうだな。アステリッドの言うとおりだと僕も思う。ここに置いて、別の「パソコン」と繋がりさえしなければ、情報量は制限されるだろう。もちろん、出来ることも、だ」
と、キールもアステリッドの意見に賛意を示した。
「なるほど――ね。でも……。この中に居る『フレディ』が知っている情報なら、聞き出せる――ということよね?」
キールは一番触れられたくない部分を突かれてしまったと、そう思った。
だが、話を始めたその時から、エリザベス教授がそこへ辿り着くことなど、想定していたはずだ。
キールは、ついに『その言葉』を口に出さなければならないと腹を括った。




