第864話 美しき夫婦の肖像
ミリアたちと別れてから、今日で4日目になる。
クリストファーたちを乗せた王室用馬車は、街道を北西へ向かって進んでいた。
今朝、二つ目の中継点であるデルチェリーザを出発してから数時間が経過している。もうすぐキュエリーゼに到着するだろう。
いつものようにクリストファーたちが先行し、技術班はそれを追う形で二日後に到着する予定だ。
『クリストファーたち』というのは、フランソワとユルゲンさんを併せての3人だ。
今回の出張の間、3人は、キュエリーズのヘラルドカッツ公邸で過ごすことになっている。
「――まったく、お父さまの心配性だこと」
と、ぷうと頬を膨らますフランソワ。
彼女はローベの海岸沿いのホテルに宿泊したかったらしいが、父王が『それは許さない、身体のこともあるのだ。公邸に泊まるように』ときつく言い含められてしまったらしい。
「フランソワ。安定期に入ったと言っても、無理はいけないからね。陛下がそれだけ君を大事に思っているということだよ?」
と、クリストファー。
「左様でございます。王妃さまが来月出産を予定されている中、フランソワ様のお体とお子様のことも心配なされておいでなのです。お優しい方です」
とはユルゲン・ゲルハルト。フランソワ専属の執事さんだ。
ヘラルドカッツ王国では今年、二人の新皇族が加わることになっている。
一人は来月生まれる予定の『第4王子』もしくは、『第6王女』だ。現王妃のお子である。
そしてもう一人が、フランソワのお腹にいる、クリストファーとの間の子である。こちらはカーゼル王から見れば、『初孫』になる。
「はあ~。わかってますわ。お姉さまたちやお兄さまたちがお子をなしてくれないから、私に変なプレッシャーがかかってることもね」
と、フランソワは少しむくれて吐き出す。
フランソワにしても、兄弟姉妹の中で最初に子供を産むことになるのだ。不安がないわけではないだろう。
「今日の夕食は、ウィリアム王子主催の会食だけど、フランソワはどうする? もし気分が悪ければ断っても――」
「いえ、大丈夫ですわ。もちろん、出席しますわよ? それ用にドレスも新調して持ってきたのですから」
「そう? 無理しなくてもいいからね?」
「行かないのであれば、ドレスなんてわざわざ運んできませんわよ。それに、ミリアも待たせていますし――。彼女、私たちが到着するまでキュエリーゼに留まってくれるって言ってましたから」
確かにミリアはそう言っていた。
彼女も自分の思うところはあるだろうが、クリストファーたちの話の内容をメストリルへ持ち帰らなければならないという理由もあるだろう。
(キールさんとは、フロストボーデンで別れたきりだって言ってたからな。さすがにキールさんももうエランの造船所に戻っているだろうし――)
クリストファーにしても、キュエリーゼにそれほど長い時間留まっていられるわけではない。
明日からは早速、実地検分をして、技術班が到着するまでに、おおかたの構想を作成しておかねばならないため、ミリアと話せるのは、おそらく今晩が最後だろう。
「――海が、見えて参りましたぞ? もうすぐ到着ですな」
ユルゲンさんが馬車の窓から表を覗いてそう言った。
確かに、左手の窓から遠くに海が広がっている。まだ高い陽に照らされて、きらきらと海面が輝いて見えた。
******
「ミリア様――、王子殿下から準備が出来たとのことです。どうぞ、会場へご案内いたします」
給仕の男の人がミリアにそう告げる。
あらかじめ着替えを済ませておいたミリアは、その給仕の人の後に続いた。
ほとんど着の身着のままでここ、キュエリーゼまでやってきてしまったミリアだったため、クリスが到着するまでの間に、ドレスを新調しておいた。
さすがに、会食に招かれておいて、魔術院の制服のままというわけにもいくまい。
しかし、今回の主賓は自分ではなく、クリスとフランソワさんの二人だ。
ミリアはその辺りも考慮して、ドレスの形状はやや落ち着いた雰囲気のものにしてある。
「ほお。さすがは、名家の令嬢――。見違えるものだな……」
と、ワイアットさん、いや、ウィリアム王子がミリアにそう告げる。
「魔術院の制服というわけにもいきませんから。王城の方にご紹介いただいた仕立て屋に依頼したのです。さすがにいい仕立て屋をお抱えになっておられますね」
と、ミリアも返事を返した。
王城の執事に聞いた仕立て屋ということは、王室御用達ということである。その意を含んだ返しである。
「――そちらこそ、いつもの神父服はどうしたんです?」
と、打ち返すミリア。
「ははは、王城で会食するのにさすがにな――。まあそこは痩せても王族というところだ――」
と、ウィリアム王子。
席にはアリスターさまもすでに着かれているが、こちらもいつもはぼさぼさの頭を綺麗に整えている。
――ヴェラーニ夫妻、ご到着です。
執事の声が会場に静かに響く。
そして、二人が姿を現した。
クリスは銀のスーツ、フランソワさんは目が覚めるようなブルーのドレスだ。
(いいドレスね。体型もうまく隠れているわ。それに何より――)
ミリアは少しの間、二人に見とれていた。
二人の佇まいがあまりにもしっくりしていて、気品と落ち着きが表れている――。
(綺麗――。とてもお似合いだわ――)
二人の寄り添う姿からまるで光が差すように幸せが溢れてくるように見える。
ミリアは、見ているこちらも穏やかな気分になってくるのを感じていた。




