第863話 次の季節までには
「ん~~~!! これ、本当においしい!!」
アステリッドが唸った――。
「だろ? この時期はこいつが旬なんだよ――」
やや胸を逸らして自慢げに応じるのはエルヴィンだ。
長老衆に今後の港改修の予定などの詳細を聞いたキールたち一行は、そのあと、エルヴィンの待つ港の方へとやってきていた。
港に着くなり、エルヴィンが、
「おー! ちょうどいいところに来た! もうすぐ焼けるところだ」
と、3人に声を掛けてくる。
キールの前世の記憶にある『七輪』のような調理器具の上に網を置いていくつか変わった形の石が並べられていた。
少し時間が経つと、その石からブクブクと泡が滲み出てくる――。
「これって、石じゃなくて、貝か――」
と、キール。
「石なんか焼いたって食べられねぇだろうが!」と、笑いながら、「ああ、そうだ。オストラ貝って俺らは呼んでる。川が流れ込む海の岩場に生息しているやつさ」
と、エルヴィン。
「ほお! これはまた、身が大きくて食べ応えがあるな! うまいぞ、小僧!」
と、リーンアイムも一つ口に頬張って、ご満悦の様子だ。
キールの前世、原田桐雄の記憶を辿ると、これと似たような貝に辿り着く。
(いわゆる、牡蠣だな――)
原田桐雄の知識では、牡蠣の旬は種類によって違ったはずで、冬に旬を迎える「真牡蠣」と、夏に旬を迎える「岩牡蠣」があったはずだ。
「レモン汁との相性がいいね――。うん、これはうまいな」
と、キールも一つ口に頬張って答えた。
「だろ? でも、ここからだぜ?」
と、エルヴィンがニヤリと口角を上げる――。
そうして、3人の前に取り出したのは、どこかで見覚えのあるガラス瓶――。
「「「ショー油じゃないか(じゃないですかぁ)(ではないか)!!」」」
と、3人の声が重なる。
「へへへ、実は一瓶買って帰ってきたんだよ。たぶん、いろいろな魚に合うだろうと思ってな? これをこうやって――」
そう言いながら、エルヴィンは焼けて泡が出ているオストラ貝の殻にちょんちょんと数滴垂らす――。
途端に立ち昇る香ばしい香り――。
「あ~~、すごくいい香り~~。美味しそーですね! キールさん」
と、アステリッドが恍惚の表情を浮かべる。
たしかに、先程のレモン汁もいいが、このショー油の香りは直接的に胃を揺らしてくるぐらいのインパクトがある。
「熱いから気を付けて食えよ――」というエルヴィンの注意を聞くか聞かずかのうちに、焼けたオストラ貝を口に放り込むアステリッド。
「ん~~~!! これは! ヤバいですよ、キールさん!!」
リーンアイムも、
「おお! なんと香ばしい! これは先程とはちがう、かなりインパクトがある濃厚な味わいだな!」
と、声を上げた。
「なあ、エルヴィン。このオストラ貝って、夏が旬なのか? 冬はどうなんだ?」
と、キールは少し気になっていたことを質問してみる。
エルヴィンは、少し目を見開いて、驚いた様子を見せたあと、
「よく知ってるな――。冬もこれと似たやつがあるぜ? ただ、こいつとは違うものだけどな?」
と、答えた。
エルヴィンによれば、冬に旬を迎えるのはエストーラ貝といって、一応区別しているとのことだ。ただ、エストーラ貝は少し小ぶりらしい。
「じつはな、この貝、毒があるんだよ。だから、あまりたくさん食べたり、鮮度が落ちたものは食べれないんだ。だから、内陸まで運ぶのは少し難しいし、味も落ちる――」
と、エルヴィン。
「――つまり、ここに来なければ食べれない……というわけか。しかも、時期も限られている」
と、キール。
「どう思うよ、キール」
エルヴィンの「どう思う」は「商材として」という意味だろう。
時期場所限定の食材というのはどこにでもあるものだ。
だからこそ、充分なインパクトがなければ、継続的に好評を得るのは難しいと言える。
おそらくのところ、レモン汁だけでは正直厳しいというところだが――。
「ショー油があれば、行けると思う――」
「やっぱりな――。俺も同じことを考えていた――。どうだろう、キール。ショー油はいつごろから流通できるようになるんだ?」
それが聞きたいことの一つで、その為にこれを準備して食べさせたのだろうとキールは察する。
「――ごめん、エルヴィン。それはまだわからないよ。今、交渉に回ってくれているハーマンさんの連絡を待ってからだろうね。それまでは、少しずつなら手に入るかもしれないけど……」
と、明確な答えを返せないキール。
エルヴィンは、そうか、そうだろうな、と頷く。
「このオストラ貝は間に合わないが、次のエストーラ貝の頃には間に合わせたいところだな――。ハーマンさんと連絡を密にして、進めていくよ。まだしばらくは、待っててくれ――」
「ああ、フロストボーデンまで、買いに行けばいいんだろうが、さすがに遠い。それに、たくさん買い占めることもできないだろうしな。待つしかないか――。ああ、待ち遠しいな」
「ショー油がか?」
「ちがうよ、交易が始まるのが、だよ」
「そうだな――」
「ああ、今はまだ、長距離交易が主体だが、交易が活発化して、海岸線に港街が増えてくれば、いろいろなものが沿岸地域にも流れてくるようになる。そうすれば、これまで過疎地帯だった海岸線に人が戻ってくるかもしれない」
「ああ、そうなればいいな?」
「そうするために、いろいろとやっていこうと思ってるよ」
エルヴィンがそう言って口角を上げるのを見て、キールはこいつにはまだここでやらないといけないことがあるんだなと考えていた。




