第862話 「友」との再会
ユーチェ村に到着するなり、キールは会議所へと顔を出した。
村の港の拡張工事が始まっている様子を見たキールは、詳細を聞くなら長老衆の方がいいと判断してのことだ。
キールは、長老衆たちから、ここひと月ほどの間の状況を聞くことができた。
ハイネル皇子が会談の時に約束してくれてたとおり、長老衆のところに役人が派遣され、村の工事の段取りを話し合うなり、すぐに手を着けてくれたらしい。
これで、ハイネル皇子が有言実行の「執政」であることが証明されたと言っていいだろう。
(ミリアも言っていたけど、本当にいい人っぽいな、あの皇子さまは――。「西の国の放蕩王子」とはえらい違いだ)
などと、思わず浮かんだ顔に悪態をついてしまう。
がちゃり――と音がして、会議所の扉が開く。キールは思わず音のした方へと視線を向けた。
「あ――、キールの旦那、久しぶりだな……」
扉から入ってきたその男が、やや、はにかんでそう言った。
「やあ、エルヴィン。どうしたんだよ、そんなに息を切らせて」
キールは扉から覗いた顔に向けてそう返してやる。
「い、息なんか――。あ、そんな事より聞きたいことがあるんだ。実は――」
「新港湾都市計画について、だろ?」
「――! なんだ、知ってたのか……」
「ああ、今ほど長老衆から聞かされたところだよ。『問題』はわかってる。その件についてはあとで相談しよう」
「あ、ああ、助かる――」と、エルヴィンがほっとしたような声でそう呟いた。「それじゃあ、俺は港にいるから――」
そう言って去ろうとするエルヴィンに向かって、声を上げたのはアステリッドだった。
「――ちょっと、エルヴィンさん! なんですか、それ? なんか、調子狂うんですけど?」
「はあ? 何のことだよ?」
出て行きかけたエルヴィンが、振り返ってアステリッドに言い返す。
「――なんか、急によそよそしいというか、覇気が無いというか――。別れてからまだ2週間ほども経ってませんよ?」
「そんなことは、無い――だろう?」
「どうですかね? それとも、船の上だけですか? あの威勢は?」
「な!? 馬鹿にしてるのか、アステリッド! さすがに怒るぞ?」
「ここまで走ってきたんですよね? 息を切らせて――。キールさんに会いに来たんでしょう? なら、『おお! キールの旦那! いいところに来てくれた! 話があったんだよ!』って正直に感情を出せばいいじゃないですか。それを、人見知りのネコみたいにそそくさと帰ろうとするなんて、らしくないって言ってるんです」
「くっ――! 俺は別に――」
「まあ、確かにらしくねぇよな?」と、割って入ったのは、レイロフだった。
「エルヴィン、アステリッドの嬢ちゃんには勝てねえって。諦めて、降参しろ――」
「ああ、もう! そうだよ! こっちから会いに行かないといけないかもと思ってたところだったんだよ! そこに折よくここに来てるって聞いたから――」
「最初からそう言えばいいんです! エルヴィンさんは、どこに居てもエルヴィンさんなんですから」
キールは、正直、エルヴィンの様子が少し違っているとは思ったが、このタイミングでのアステリッドの言葉は、とても大事なところだったと改めて思い至る。
まあ、またあとで――などとここで間を置いていたら、もしかしたら元のように気さくに話せる関係に戻れないかもしれなかった。
(人と人の距離って、遠い近いという物理的距離じゃないんだよな――。アステリッドのおかげで、友だちを無くさずに済んだかもしれない)
「アステリッド、ありがとう。エルヴィン、すまない。今のはアステリッドの言うとおりだ。僕の方ももう少し気を付けるべきだった。後で港には行くつもりだったんだ。ここまで来て、君の顔を見ずに帰るなんてことは、絶対にしないよ。君のことだから、いくつか候補地を考えているんだろう?」
と、キールはアステリッドのパスを大事に受け止めて、エルヴィンに繋ぐ。
「あ――、ああ! もちろんだ! その中から、今後の展開も加味して一番いい候補地を皇子に推挙したいと思ってる。キールの旦那、港で待ってる、早く来てくれよ?」
そう返したエルヴィンの表情が、前に見ていた自信に溢れたものに変わったように見えた。
「――全く、世話が焼けますね。私はキールさんの右腕であって、あなたのお守り役じゃないんですよ? しっかりしてください」
「くっ! ――アステリッド……、港に着いたら覚悟しろ? お前を唸らせるものを用意しておくからな? じゃあ、俺は行くぜ――」
そう言い残すと今度こそエルヴィンは去っていった。
「なんですか、あれ? 最後のは、捨て台詞のつもりなんですかね? 私を唸らせるって、どういう意味ですか」
アステリッドは居なくなったエルヴィンに向かってまだ追い打ちをかけていた。




